副社長は甘くて強引
一日の業務が無事に終わる。
「お先に失礼します」
「お疲れさま」
売り上げの精算をしている鈴木チーフに挨拶をするとショップを後にする。私以外の販売スタッフの姿はもうない。みんな仕事が早いなと、自分の動きの悪さを実感する。
五階のロッカールームに向かうため、エレベーターのボタンを押す。一日中ショップに立ち続けた足はむくみ、棒のようになっている。
今日も疲れたな。
ふう、と息を吐き出すと、ポンと音を立ててエレベーターが一階に到着した。ドアが静かに開く。
――ドン。
「きゃっ」
声をあげてしまったのは、エレベーターの中から飛び出してきた人物と肩がぶつかってしまったから。その勢いに押された私の体が後方に傾く。
あっ、転ぶ。
とっさに目を閉じて衝撃に備える。しかし、いつまで経っても痛みは襲ってこなかった。
「おっと、すまない」
耳もとで聞こえた低い声に驚き、目を開ける。すると端麗な顔が目の前に迫っていた。
クッキリした二重まぶたに力強い黒い瞳、スッと通った鼻筋に少し厚めの唇、前髪を立ち上げた短めの黒髪は清潔感が漂っている。
この眉目秀麗(びもくしゅうれい)な男性の名は樋口直哉(ひぐち なおや)、三十五歳。彼はハートジュエリーの副社長だ。
「い、いえ、私こそすみません」