副社長は甘くて強引

 たしかに私は副社長から『気になる』と言われた。でも『好きだ』と言われたわけではないし、次に会う約束もしていない。もしかしたら私が知らないだけで、すでに帰国しているのかもしれない。

 彼は私が勤めているハートジュエリーの副社長。ただ、それだけの関係……。

 スマートフォンを握りしめながら、彼に会いたいと思ってしまった気持ちを胸の中に閉じ込める。

 そうだ、佐川を待たせているんだった。

 我に返った私は急いで着替えを済ませるとロッカールームを飛び出し、エレベーターで一階に向かう。

「佐川、お待たせ」

「ああ。じゃあ行こうか」

「うん」

 明るい佐川の笑顔は、少し沈んでいた私の気持ちを軽くしてくれる。佐川が同期でよかった。そう思いながら通用口から外に出た。

 肩をすくめてしまうほど冷たい北風を頬に受けながら、師走(しわす)の街を佐川と歩く。佐川は私の歩調に合わせてゆっくりと足を進めてくれる。その心遣いがうれしい。

「大橋、こっち」

「あ、うん」

 交差点を渡ると大通りからはずれた裏道を行く。

「この先に雰囲気がいいバーがあるんだ。今日はそこでいい?」

「うん、もちろん」

 人通りが少ない道を進むこと数分、とある雑居ビルにたどり着く。階段を上がるとOPENのプレートがかかった黒いドアを佐川が開けてくれる。

「どうぞ」

「ありがとう」

 お礼を言いつつ中に入ると、バーカウンターが目に飛び込んできた。

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