キンダーガーテン    ~温かい居場所に~
「おはようございます。先生、こっちが私の彼氏の和君です。
ホントは、私の方が三年も"先生"って呼んでたから、そのまま呼びたかったんだけど…
お姉ちゃんってこんなでしょ?
仕事とプライベートを分けるのは難しそうだから、"先生"呼びはお姉ちゃんに
譲ることにしたんです。それに!卒業して堂々と彼氏って言えるから
名前呼びが嬉しくって。"和君"って呼ぶの………新鮮で楽しいの!」

朝からハイテンションの尋ちゃん。

今日は、尋ちゃんと尋ちゃんの彼氏の和也さんと唯と先生でダブルデート。

初デートが尋ちゃんと一緒なのは心強いけど…

付き合って二年も経つカップルが一緒で大丈夫かなぁ?

この間も尋ちゃんのキスシーンを見たばかりなのに…。

ちょっぴり不安を抱いてる間に、先生と和也さんが挨拶を済ませ…出発。

日時と場所は、尋ちゃん達におまかせしてたし

細かいことは、尋ちゃんと先生が直接メールで打ち合わせしたから

唯は、何処に行くのか何をして遊ぶのか全く分からないの…。

地図もまともに読めない唯より、運転する先生と直接相談した方が早いからって…

でも、

この間から尋ちゃんが妙にご機嫌なの。

こういう時は、ちょっと危険!!

何か企んでないと良いけどなぁ~。

唯は先生の、尋ちゃんは和也さんの車に乗り込んだ。

「では、行きますか‼」

「お願いします。」

「ねぇ唯ちゃん。この間言ってた"彼女って何をしたらいいですか?"っていうのまだ有効?一つお願い事しても良い?」

「えっ、はい。何でもとは言えませんけど…頑張ります。」

「だったらねぇ~。オレと二人の時は、敬語は無しね。
四人と話してる時みたいにしゃべって欲しいなぁ。」

「えっ⁉はい。……うん?…。」

「そうそう‼上手。
まぁ~急には無理だろうから、ちょっとづつねっ。」

「うん?…頑張り…る…ね?」

やっぱり難しい彼女言葉に迷っていたら

「無理しなくていいよ。努力しようと思ってくれるだけで嬉しいから。
それよりも沢山話しをしよう。時間はたっぷりあるからねっ。」

そっかぁ。時間はたっぷりあるんだ。ゆっくり慣れたら良いのかな?

「あっ、そう言えば…尋ちゃん何処に行くって言ってました?
聞いても"まかせてたら大丈夫‼"って教えてくれなくって…。
尋ちゃんって…いい子なんですけど…たまに暴走しちゃうからちょっと心配で…。」

「う~ん。…遠出?……。」

「遠出?……先生も知らないんですか?和也さんと二人で決めたのかなぁ?」

「あぁ~‼それそれ。」

「それ⁉」

「うん、その"和也さん"って言うの……悔しいなぁ~。
オレなんてまだ"先生"なのに…。」

「えっ⁉先生って呼んだらダメですか?
この間、唯か尋ちゃんのどちらかは呼んで良いって言ってたから…。
仕事場でバレないように私が"先生"って呼ぶことにしたんですけど…。
悠人さんの方が良かったですか?」

「⁉…………………………。
…………びっくりしたぁ~‼………………。
いきなり名前なんて‼……事故るかと思った……………。
あっ、唯ちゃん。
今まで通り…"先生"で!…お願いします。……………。」

前を向いて、ちょっと怒ったように話す先生。

……何か失敗した?…

「あっ、すみません。……気にさわるようなことを言ったみたいで…。
怒ってますか?……。」

「はぁ⁉怒ってないよ?
ごめんごめん。…ちょっと照れくさかっただけ。」

「照れくさい??」

意味の分からない会話に、頭が停止しかけてたら…

「あぁ~それよりも、今日はご両親揃って出張だからゆっくり出来るって
尋ちゃんが言ってたけど…ご両親ってよく出張や泊りがあるの?」

「あぁ。最近は、子供の手が離れたから特にかなぁ?仕事に打ち込めるみたいです。」

「……淋しい?」

先生はいつもこうやって聞いてくれるねっ。私の心配ばかり。

でもね、近頃は、先生のお陰で淋しくないんだよ。

「そうですねぇ~。
淋しい?って聞かれたら…全然ではないですけど。
でも、四人や尋ちゃん。
それに何より、先生がいてくれるから楽しい時間が沢山出来て大丈夫です。
ただ、ホントに仕事なら良いんですけど…違うのかな?って思う事もあって…
少し不安です。元々、夫婦仲が良くなかったから心配になることもあって。
もう二十歳も越えたし、いつまでも子供みたいなことを言ってはダメだって思うんですけど…
親にはやっぱり親でいて欲しくて。
尋ちゃんは、早くから諦めて自立してるから…偉いなぁ~って思ってて
でも、先生とお付き合いを始めて10日くらいですけど…
前より不安や淋しさを感じないんです。
ちょっと前までは、"いつ帰るの?""ホントに仕事?"って要らないことばかり考えながら
一人で待ってたんですけど…
今は先生に電話をもらったり、メールを送ったりでスゴく安心出来てます。
勿論、繋がってる安心感もあるけど…彼女になってからは
いつでも先生がいてくれるっていう心の安心感が大きくて…
あっ⁉甘えたことばかり言って……すみません。
こんなに頼ってたら…重いですよね………。」

申し訳なくって、俯いてしまったら

「ううん。嬉しいよ。ホントに嬉しい‼
………そっかぁ~。………良かった。」

そう言って、膝の上でギュッと握っていた唯の手を…ポンポンって叩いてくれた。

顔を上げると、大丈夫だっていうように見せてくれる笑顔。

ねぇ先生?

もしかして、唯が想像するよりも…唯のことを好きでいてくれてるの?

先生の好きも唯の好きと一緒なの?

会話のないこのドキドキの空間が苦しくて

「あの、先生のご家族はどんな人ですか?」って聞いちゃった。

会話が欲しくて、咄嗟に出た言葉だけど…ホントは前から気になってた事だったの。

先生の温かい人柄は、きっと先生のご両親によって育まれたものだから。

どんな家庭で…どんな子供時代を過ごしたのか聞いてみたかったの。

少しでも先生のことが知りたくて…

「う~ん。オレは、男ばかり三人の真ん中だから…上の兄貴からは命令されて
下の弟をいじめると怒られて…最悪。小さい頃はよく兄弟喧嘩をしたよ。
お陰で襖は穴だらけ。三人共社会に出てからは、仕事場が近いこともあって
良い飲み仲間かなぁ~。
兄貴は、四年前に結婚してチビが一人。弟は、和君と同じ年の27。
兄貴も弟もサラリーマンだから、オレの仕事が珍しいみたい。
"若い先生がいっぱいいて羨ましい"とか"子供と喧嘩してないか"って
からかわれてばかりだよ。
母親は、明るくてのんびりした人かな?親父を入れて男四人だから
喧嘩なんて見慣れてて…笑って見守ってる。
親父は、とにかくよく殴る。別に勉強で怒りはしないけど…しつけは厳しいの。
ウソをつくな!手伝いをしろ。挨拶の仕方が悪い‼って。
男の子がまともに手伝いなんてするわけなくって、こっそり野球に行ったりしたら
夕方バレて親父のゲンコツが落ちてきて。…頭の形が悪いのって、絶体親父のせいだよ。」

楽しそうに話す先生。

やっぱり想像してた通り、先生が温かいのは…家族のぬくもりを感じて育ったからなんだぁ~。

「先生がおおらかで優しいのって、おかあさんの温かさを受け継いだんでしょうね。
それに…誰からも信頼されるのは…お父さんの教えですね。…素敵な家族。」

ニッコリ笑うと

「う~ん。そんなに良いものじゃないけど…。
そう言ってもらえると、やっぱり嬉しいねっ。」って笑ってた。

そう言えば…前に朋君に"兄弟が何人いるか?"って質問されたことがあったよね?…

あの時は意味が分からなくて、その後キスを拒んだから別れたって思ったけど…

"オレを見てない"って言われたんだよね…。

……確かにそうだったなぁ~。

今なら唯にも、意味が分かる。朋君とは、恋愛じゃなかったんだよね。

相手のことが知りたいって思わないなんて…恋をしてたらあり得ないもん。

「何を考えてるのかな?」

急に話しかけられてびっくり⁉

「あっ⁉えっと…。私…自分で思ってたよりも…先生のことが好きだったんだって気づいて……。」

「えぇっ⁉」

「あっあの、前にお付き合いしてた彼がいたって言いましたよね?
彼氏かお友達か分からなかったって…。
その人と最後にした会話が"オレの兄弟何人いる?""好きな食べ物は?"だったんです。
一年も一緒にいて、そんな質問に答えられないってダメですよね…。
今なら悪いことしたなって思うんですけど…
あの頃は、二人共先生になる目標があったから、毎日夢を語るのにいっぱいで…
"オレに興味のない唯といるのは辛い"って言われても…意味が分からなかったんです。
でも、さっき先生のお家のことが知りたいなって思って
教えてもらったら、少し先生に近づけたみたいで嬉しくて。
この気持ちが好きってことなんだろうなぁって思えて…。
頭で考えるよりも…心がキチンと好きって気持ちを育ててたみたいで…」

皆のように彼女らしい行動どころか、話し言葉だってまだまだ無理で…

申し訳ないのに、離れたくないから…唯の正直な気持ちをぶつけてみた。

はぁ~。

先生のため息なんてひさしぶり。

彼女になってからは…初めてかも。…まさか、初デートで怒らせちゃった⁉

涙目になっていたら

「あぁ~‼ごめん!
……泣かないで…。…久しぶりに怖がらせてしまった⁉
………違うから…。」

そう言って、ハンドルにかけてた左手を…唯の頭に置いて撫でてくれた。

「ホントごめん!今のは、怒ったため息じゃないから。
あまりに可愛いことを言ってくれるから…なんて言ったら良いのかなって思ったら
自然に"はぁ~"って出ちゃった。
オレが思うよりも好きでいてくれてるのかな?って…ちょっと喜んでいたところ。」

あれっ⁉先生も唯と同じこと思うんだ。

何だか嬉しくなって、ホッとしていたら…

携帯からメールを知らせるメロディが聞こえた。

ごめんなさいって断って開くと

"ヤッホー!先生との初デート、楽しんでる?"

"明後日のお昼に、彩の家に集合だよ。話し聞くから、覚悟してねっ。"

"今日は四人で淋しく遊びます。"

"お土産よろしくね‼"ってそれぞれが、らしいメールをくれてた。

思わず笑ったら

「何?
もしかして四人から?」って

「はい。明後日のお昼に集合だそうです。
今から聞く気満々で…怖いなぁ~。
でも、唯だけって…ちょっとズルいなぁ~。先生も一緒なら良いのに…。」

あまりの不公平さに、ブツブツ呟いたら…

「だったら行こうか?オレが一緒でも良い?」って…

私のちょっとしたぼやきに反応してくれる先生。

「えっ⁉良いの?ホント⁉」

「どうせ、いつかはからかわれるしねっ。
それなら四人まとめての方が、面倒がなくって良いよ。
それに、可愛い彼女を一人で鬼の屋敷に行かせるのは…可哀想だからね。
たぶん四人は、唯ちゃんよりもオレをからかいたいはずだから、直ぐにのってくるよ。
女の子の家はマズイから…ランチでも奢るってメールしといて。
四人に言わせると、大切な唯ちゃんを譲ったらしいから…お礼もしないといけないしね。
美味しいものをご馳走するって伝えて。」

「うん。」

先生ってホントに凄い。パッと一瞬で決まっちゃった。

でも……ホントに良いの?…。マジマジ見つめる唯に

「気にしないの!
オレは明後日も唯ちゃんとデートが出来てラッキーなんだから。
それより………面白いねっ。驚き過ぎて、敬語…使ってないよ!
自分のことも、この間から『唯』になってるしね。普段はそっちだよね?
その方が、彼女っぽくて嬉しいよ。」

ホントだぁ、敬語使ってない。

きっと先生に慣れてリラックスできてるんだろうなぁ。

今日の初デートでもっと仲良くなれたら良いな。



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