そのホテルには・・・
幸福な夢
部屋に入って真っ先に目に飛び込んでくるのは、赤いベルベットが優雅にドレープを描く天蓋つきベッドだ。
大きくとられた窓にも同色のカーテンがかけられて、白いレースとの対比が可愛い。
部屋全体が赤と白を基調としているものの、化粧台やナイトテーブルは温かみのある木のアンティーク。そのせいか、落ち着いた雰囲気の中に高級感があった。
シンプルなベッドルームもあるようだが、わたしはこの異国情緒溢れる部屋がお気に入りだった。
荷物を放り出して、バスルームに直行する。
猫足のバスタブには既にたっぷりのお湯がはられていた。乳白色のお湯を手でかきまわすと、ふわりと薔薇の香りが広がる。バスタブの底は深く、手足を十分に伸ばせるのが嬉しい。
脱衣所で服を脱ぐと、そっとバスタブに体を沈めた。
肩までお湯に浸かって、うーんと伸びをする。
体が温まっていくごとに、一日の疲れが溶けていくような心地がした。

通常であれば体を洗って終わりなのだが、この浴室には一般的なホテルには到底置いてないようなものがある。
それが、冷凍庫だ。
なんと、この冷凍庫にはホテルで作ったアイスクリームが入っているのである。
小さなカップに入ったこのアイスクリームも、宿泊客は自由に食べることが出来るのだ。
ご丁寧に、銀のスプーンもついている。
さっきケーキを食べたばかりだというのに、どうしてもこのアイスを食べないと気がすまない。
十分に体を温めてから、冷凍庫を開けてアイスクリームを取り出す。
季節によって味を変えるので、開けてみるまでどんなアイスクリームか分からないのが楽しい。
どきどきしながら見てみると、今回はバニラアイスだった。
フタを開けて、アイスクリームをすくって食べる。濃厚なミルクが口いっぱいに広がった。甘みが強いのにしつこくないのが、このホテルのアイスの特徴だ。
何個でも食べられる気がするが、さすがに食べすぎなので一個で我慢する。
沸きあがる湯気も、体を包む湯も、零れる吐息も、すべてが白く彩られ、わたしは無心になって喜びの中に沈みこんでいく。

ナイトテーブルだけ灯りを点けて、その他の照明を消す。
ベッドに潜り込んで体を横たえると、抱きかかえるように包み込まれるのを感じた。
掛け布団のつるつるとした手触りが心地よい。シルクだろうか、薄いのに温かかった。
今日一日の出来事がちらりと頭をよぎるが、すぐに意識がほどけていくのを感じた。
ホテルの夜は青く透き通って、このひとときを満たしていく。
美しくて、孤独で、楽しい。
異国のリッチなホテルで一人ぼっちの夜を過ごすような、贅沢な孤高感。
これが、いい。

ほんのまたたき数回で、わたしは幸福な夢の中へとおちていった。
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