そのホテルには・・・
チェックアウト
翌朝、朝食をとるためホテル内にあるレストランへと向かう。
バーの手前に、樫の木で出来た大きな扉がある。観音開きの扉の向こう側で、ギャルソンが忙しそうに行き来していた。
レストランも吹き抜けなので、かなり開放感がある。通りに面したところはすべてガラス張りで、朝の光が存分に差し込んでいた。
どこに座ろうか思案するも、結局いつもと同じ席に座ることにした。
わたしが腰を落ち着けると、すぐにソムリエがやってきて水とジュースを注いでくれる。
このジュースは、果実酢と豆乳を混ぜたもの。
果物特有の酸味と酢の酸味を、豆乳がまろやかにブレンドしてくれる。
スッキリとした味わいが、体の隅々まで目覚めさせてくれるような心地がした。
わたしがジュースを飲み終わるのを見計らって、最初に温野菜が運ばれてくる。
キャベツと沢山のきのこを盛った皿と、パプリカやピーマンなど彩り豊かに並べられた皿。それらに沿えるように、岩塩が入れられた小皿と特製オリーブオイルソースが入れられた小皿が置かれる。
キャベツやきのこらは岩塩で、緑黄色野菜はソースで食べるのだ。
血糖値を急激に上げないよう、お酢と野菜から始めるのがこのレストランのこだわり。
野菜の後は、例によってシェフがワゴンを押しながら現れる。
ワゴンの上には、見事にローストした豚肉があった。それを目の前で薄切りにしながら、丁寧に皿に盛っていく。
皿の上には、塩麹で味付けされたサーモンも置かれていた。
橙がかったピンク色の身は、脂がぎゅっと詰まっているのが見ただけで分かる。
早く食べたくてうずうずしているわたしをじらすように、シェフは最後ににんじんのグラッセとマッシュポテトを添えて、皿を置いた。
ごゆっくり、と下がっていくシェフに会釈しつつ、目はすでにお皿の上。
肉にかぶりつくと、とたんに香ばしい香りが鼻を抜けていった。意外にも口当たりはさっぱりとしていた、肉そのものの味が濃厚で、まるで上等の赤身を食べているようだった。
締めの一品は、野菜と鶏肉の出汁で作った雑炊だ。生たまごと梅干しが添えられている。
具が入ってない雑炊のスープは黄金色で、野菜の甘みと、鶏肉の優しい旨味が、しっかりと溶け込んでいる。このスープだけで、ご馳走といえるほど美味しい。
ひとくち食べて、ほっこりと癒される。

朝食はコースになっているのだが、実はこれらのメニューは宿泊客ごとに異なっている。
昨夜回答したアンケートを元に、シェフがその人の体調に合ったメニューをひとつひとつ考えてくれるのだ。
季節のものなどを取り入れつつ、健康になれる食事を。
それが、このホテルの大きな売りのひとつだった。

「ありがとうございました。」
そう言って、鍵を返す。
「よくお休みになれましたでしょうか。」
「はい、それはもう。」
「ようございました。」
マネージャーは、にこにこと笑って鍵を受け取る。
天井から差し込む光がフロント全体に降り注ぎ、まるで舞台に立っているような心地がした。
でも本当はここが舞台裏で、この扉の向こう側にある世界こそが与えられた役柄をこなす舞台なのだ。
舞台の上で演じられるのは、人生という旅路。
永く続く旅の中で、ひとときの休息を与えてくれる場所。
そういう特別な場所が、きっと誰にもあるだろう。
ホスピタリスが生まれる場所、それがホテルなのだ。

「行ってらっしゃい。」
マネージャーの言葉を背中に受けながら、踏み出していく。
太陽が、祝福するように煌めいていた。
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