男装した伯爵令嬢ですが、大公殿下にプロポーズされました
息は上がって苦しいし、腕にも力が入らないけれど、気持ちだけは前向きで、純粋に試合を楽しんでいた。
なにをしても私の笑顔が崩れないので、優勢のはずの彼の方が、顔を歪ませて、苛立ちを露わにしている。
その苛立ちは、まずは彼の足に影響を与える。
ちょこまか動き回って逃げる私を深追いし過ぎて、罠にはまり、彼は白線を踏んでしまった。
冷静でいられたなら、足元への注意を怠らなかっただろうに、もったいないミスだ。
こんなに強い人でも凡ミスをするのかと、「フフッ」と声に出して笑ってしまったら、彼は顔を真っ赤にして怒り出す。
残り時間は、きっと僅か。
このままポイント差を守りきれば、間違いなく彼の優勝。
それなのに、私の胸のバラも散らして、完全勝利してやるという気持ちが、赤い顔に表れていた。
体重を乗せた鋭い突きが、私を襲う。
それを後ろに下がって避けようと思っていたら、「踏み込め!」という大きな声が届いた。
集中している私の耳には、うるさいほどの歓声も、ほとんど入ってこない。
それなのに、『踏み込め!』というその声だけは心に聞こえた。
艶やかなバリトンボイスは、大公殿下の声だから……。