男装した伯爵令嬢ですが、大公殿下にプロポーズされました
家の壁にボロ板が立てかけられているだけだと思っていたのだが、その板の裏にドアが隠されていたようだ。
そこから出てきたのは鼠色の汚れた上着を着た中年の男で、鍔のついた皺くちゃな帽子を被り、無精髭を生やしていた。
「客……じゃねぇよな?
迷い込んだのは、どこのお坊ちゃんだい?」
男はそう言って私の頭からつま先までをジロジロと観察し、嫌な笑い方をしながら、ゆっくりと近づいてきた。
客という言葉を口にしたということは、その隠されたドアの先はお店があるのだろうか?
なにを売っているのか分からないが、表立って売れない品物であることは想像できた。
もしや禁止されている薬物や武器の密売、もしくは暗殺依頼を受ける闇業者とか……。
ひとつだけハッキリしていることは、危険な場所に踏み込んでしまったということだった。
逃げなくてはと思ったが、ひとつしかない出口である路地は、私より男の側にあり、そう簡単には突破できそうにない。
ジリジリと近づく男は薄笑いを浮かべていて、私は後ずさりながら、左の腰に右手を伸ばす。
しかし剣の柄に触れることはできず、愛剣を持ってきてはいけないと言われて、実家に置いてきたことを思い出した。
剣さえあれば、男ひとりくらい余裕でかわして逃げられるのに……。