不審メールが繋げた想い
気持ち足早に階段を上がった。
部屋に入りドアにもたれた。
はぁ…、駄目駄目。さっきのもやっぱり慣れる為だろうけど…はぁ、ドキドキした…。
それにしても一緒に入ろうだなんて、冗談にしても…なんて事を…、あ。
…馬鹿馬鹿、良からぬ妄想が…。はぁ。本当、心臓に悪い。
お風呂をいただいても何となく落ち着かなかった。ゆったりとした浴槽で、入浴する事自体はとても寛げる空間なんだろうけど…。余所様のお風呂だし、状況も状況だし。…ドキドキしたままだし。…はぁ、血圧が上がりそうだった。はぁ。…あ、明日、朝は何時くらいに起きたらいいんだろう…聞いておけば良かった。正直ドキドキして…そういう事、考える余裕が無かった。
お風呂から上がった。
階段を上がって、使っていいという部屋。ノブに手を掛けようとしてドアの前で仄かに柔らかい香りを感じた。…さっきまではしていなかった。
開けて部屋に入るとアロマキャンドルが灯っていた。…きっと真さんだ。リラックス出来るようにと気を遣ってくれたんだ。スーッと息を長く吸い込んだ。これは…マグノリアの香りだ。はぁ。この香りは凄く好き。というか、私に合った香りはこの香りだと何かの雑誌でも見たんだった。…偶然だけど、なんだか…。
相性とか生年月日でなんて、そんなモノだけでと真さんに言ったけど…。私も少し不安になった時は、つい、占いだとか見てしまう。…そして、結局また落ち込む羽目になる。見なきゃ良かったと思うんだ。
真さんは隣の部屋に居るのだろうか。
ドアをノックしてみた。…返事は無い。まだ眠ってはいないだろうから居ないのかな。下に居るのだろうか。リビングにはさっき通った時、居なかった。…地下に下りて行っても構わないだろうか。
音を立てないようにゆっくり下りた。
ドアはガラス張り。明かりが点いていた。中が自然と見えた。
やはりここに居たんだ。こっそりと隠れるようにして様子をうかがった。
一人掛けの皮張りのソファーに台本を広げて前屈みで座っていた。真さん、と声を掛け、ノックしようとして手を止めた。表情が、横顔が泣いていたからだ。
…あ。涙がツーッと頬を伝った。何とも言えない、…無表情な泣き顔…。ドラマの台本の内容、演技なのか、それとも別の感情の涙なのか…、解らない。
防音設備はされていると思ったけれど、来た時と同じように、音を立て無いように階段を引き返した。一人になって集中したいからここに居るんだもの。邪魔をしてはいけない。
携帯を直ぐ見るかどうか解らないが、お礼はメールで伝えておこう。
部屋に戻り、携帯を手にした。
【お風呂、出ました。アロマキャンドル、とても好きな香りなんです、有難うございました。
明日の朝は何時に起きたらいいのでしょう】
朝になってから見たら、起きる時間にはもう間に合わないけど。
はぁ、私…、本当に…こんな事して良かったのかな。お母さんに会う為だとはいえ、家に迄来て泊まっている…。事情を知らないで喜んでくれているお母さんを見たら…やっぱり心が痛い。決めて受けてしまったのは結局私なんだけど。騙してるって、やっぱり良くない…。
あ、メール。
【部屋、勝手に入ってごめん。朝は俺が起こすよ。疲れてるだろ?だから起きるのはゆっくりでいいから。起こすまで寝てて。
母さんの事を気にしてくれてるんだろうけど、ゆっくりでいいからって言われてるから大丈夫だよ。
アロマキャンドル、余計な事かと思ったけど好きな香りなら良かった。少しでも気を緩められたらと思って。貰い物だから、自慢げには言えないけどね】
それでも嬉しいです。有難うございます。
【おやすみなさい】
【おやすみ】