不審メールが繋げた想い
「あの、各務さん…?」
「ん?あぁ、心配はしないでください、登山をする訳ではありません。説明しましょう。少しドライブをします。サービスエリアまで行きます。そこで富士山を見て、下りて、駅に向かいますから。帰りは予定より少し遅くなるかもしれませんが。という事で、今から高速に乗ります」
「え?各務さんどこまで?それでは各務さんの帰りが遅くなりませんか?なりますよね?」
…静岡までってことよね?
「私?私の帰りが遅くなるのは一向に構いません。今の時期は雪を被った富士山を見られますよ?手前に少しでも紅葉とかあれば、尚の事、いいんですけどね」
…各務さん。これは初めから突発的を装った真さんの指示ですか?それとも、純粋に各務さんの気遣いですか?
「お好きなら焼きそばも食べてみますか?」
「え?」
「富士宮焼きそばですよ。人がごった返していなければいいけど…。知ってる人は、富士山を見る為だけにサービスエリアに来る人も居ますから。自然とお店も利用する、繁盛します…あ、人の事は言えない、私達もそういう人になりますね、ハハハ」
「あ、はい、そうですね、フフ。焼きそば、好きです」
「では食べましょう」
「はい」
はぁ、きっとこの人の気遣いなんだな…。
…何か、埋めようとしてくれているのかしら…。
「着きま、し、た…。お手洗いとか…大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
左右を見渡しながら、駐車場の空きを探している。
「では、車は…あ、あっちに入れましょう」
入り口から中々、渋滞気味だった。サービスエリアとしては大盛況といったところだろう。
「日曜ですし、やはり天気がいいせいか人が多いですね。時間帯も、丁度、人が行動しやすい時間だから」
「はい、そうですね」
…うわぁ。車の中からも既に見えてはいた。
「良かったですね。見えましたね」
「はい。…凄い」
改めて車から降りて見る富士山は、何とも言えず雄大だった。本物なのに、嘘みたいにあまりに綺麗で…、これはでき過ぎた風景だ。晴れ渡ったブルーの空に富士山。まるで高画質のパノラマ写真を見ているようだった。本物なのになんだか可笑しなものだ。すっかり見入ってしまった。
……ん?後ろからフワッと何かが被さった。え、……ストール?
「…夕暮れ時です。風も出て来ました。陽が落ち始めるとあっという間です。…少し寒いかと」
各務さんが肩から掛けてくれたのは大判のストールだった。クルッと包まれた。あ、これ…。もしかして、あのショップで帰り際買っていた物はこれだったのかも。
「持って帰ってくださいますか?後は、お仕事で膝掛けにするなり、お好きなようにお使いください」
マネージャーという職業柄なのか人柄なのか、こういう、先を読んだ気配りができる事は、とても要求される部分なんだと思う。
「有難うございます。何だかすみません。各務さんは寒くないんですか?」
「私は男ですから、平気です」
腕を組んでいた。…。クスッ。各務さんたら…。
「一緒に入りましょう?…はい」
何の躊躇いもなく、腕を伸ばして肩にストールを回した。
「え、…詩織さん?…」
「誰も他人の様子なんか気にして見てませんから。ほら、みんな目の前の富士山しか見てませんからね。それに、私のせいで風邪でもひかせてしまっては、仕事に差し支えてしまいますから。真さんに叱られてしまいますよ?だから、ね?」