不審メールが繋げた想い

新幹線の席に落ち着き暫く経って、ふと写真を見てみようかと思った。
…いいと、撮るなら富士山だけでいいとかなり言ったのに、富士山をバックに各務さんが撮ってくれた物。…私は写真が嫌いなのだ。今は携帯など、レンズを向けられているという意識をそれ程感じずに撮れるが、それでも撮られるのは好きではない。元々、人がファインダーを覗いて見ている物を、こちらから見るというのが嫌なんだ。 何だか目と目を合わせているようで、とにかく写真は嫌いなのだ。…自然体で居られない。携帯でも撮るのは嫌い。だから、各務さんが、綺麗に撮れていますよと言ってくれた写真も、正直、嫌だった。ま、綺麗に撮れているというのは富士山のことなんでしょうけどね。私はどうせ、いつだって拗ねたような不細工な表情をしているんだから…。嫌だ嫌だ。
バッグの外ポケットに手を入れ、探った。
あ、れ?……あれ?…可笑しい。ここに入れた。すぐ触れるはずなのに、ない。…中に入れたんだっけ?…あ、れ?…そんなはずは…え?
ボストンバッグの方も見てみた。…ない。入れたつもりで入れてない?…。え、落とした?嘘、……嘘嘘。
…あ、お土産の袋。がさがさと中の物を取り出してまで見たけどない。…えー。…ない。ない…どこにもない…。ザーッと顔に斜線を引かれた気持ちだった。もう一度見た。……ない、何度見てもない。

…携帯がない。ないない。間違いなくどこにもない。…どうしよう。え、どうしよう。待って…落ち着いて、冷静に考えてみて…。サービスエリア…か、車の中という事になるかな。…困る。知らない人に拾われては、非常に困る。自分だけの問題ではない。今は、真さんや各務さんの連絡先も入っている。偶発的にどんな迷惑が掛かるか解らない。はぁ、えっと…何からしたらいいんだろう…。もう、落ち着け。…よく考えて。


とにかく、家に着いて真っ先に固定電話から自分の携帯を鳴らした。非通知設定してある家の電話を通知するようにしてかけた。コールはしている。だけどマナーモードに違いない。
何度かかけて止めた。早く。拾った人が居るならこの番号にかけて来て、お願い…困ってるの。お願い。連絡が出来ない。このままじゃ心配させてしまう。はぁ…どうしよう。どうしたら…。

各務さんの車の中だとしたら、シートか足元か、どこかで震えているはず。お願い、気がついて。あー、でも走っていたら、そんな小さな震動なんて解らないか。せめて見えるところに落ちていて!…ぁ 、…各務さんの番号、聞いておけば良かった…。アドレスだって携帯がないと解らない。メモ、しておけば良かった。…はぁ。依存してるつもりはなかったけど、携帯がないと何も解らないなんて。

待てど暮らせど、家の電話が鳴る事はなかった。寝るに寝られない。そんな状況じゃない。…誰か。はぁぁ…どうしよう…。何もできない。指を組み額にあて、祈る気持ちでしばらく部屋を彷徨いた。その内、なす術もなく、各務さんに貰ったストールを身体に巻き付け、まんじりともせず、ソファーにうずくまり唸り続けた。

…あっ、駅に電話。…もう…新幹線の中で車掌さんに言っておけば良かった。ううん…、駅では手にしていない。落としたとしたら音がしたはずだから。駅の可能性は低い。有るなら、落とし物として誰かが届けてくれなければ、もう期待しても無理。
サポートセンターみたいなところに連絡もしておかないと…。もう、夜中を過ぎた…。サポートって24時間なのかな。多分そうよね?…はぁ、…もう、馬鹿、私…。サポートの事も何も知らない。どうしよう。……どうしよう。
逆に今頃、各務さんが気を遣って連絡をしてくれているかもしれないのに。はぁ…心配させてしまう、どうしよう、どうしたら…。
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