不審メールが繋げた想い
しがみつくように抱き着いていた私は、そのままズルズルと中に戻された。
「上がりますよ?…本当に困った、…大きな赤ちゃんですね…。よいしょ。…少し、しっかり抱きますよ?」
「赤ちゃんなんかじゃありません。こんな老けた赤ちゃんは居ません」
「…ハハハ。そこまでは言ってないでしょ?」
ゴトゴトと靴を脱ぐ音がして、腕を回され抱えるようにして移動させられた。
はい、座ってください、と、ソファーに座らされた。
「どうしたのですか、とは聞けませんね。…真が来なかった」
頷いた。
「…寂しくなったのですね、約束していたから。昨夜からずっと起きていたのですね…」
冷たい手が頬に触れた。驚いた。うん、うんと頷いた。
「はぁ…。さぞや疲れましたね。連絡は?何かありましたか?」
頷いた。
「…そうですか、それは…良かった。このまま座っていてください。勝手にお湯、沸かします。構いませんね?」
キッチンに向かうと明かりを点け、やかんに水を入れるとコンロにかけた。
こっちに戻って来た。
「えっと…、私が頂けるプレゼントは…」
目線が部屋を巡った。
「あ、はい…ズズッ、はぁ、…ちょっと、待ってください…」
バッグを置いてある場所に行き、取り出して持って来て渡した。
「送れないなら、ズズッ、はぁ、いつ会えるか解らないけど、ずっと持っていようって…。でももう、会わないかもしれないけど、会った時に自分で渡そうと、思って。
これ…趣味じゃなくて気に入らなくても返品はなしです、持っていてください」
「フ…。解りました。嬉しいな…有難うございます。開けても?」
「はい、勿論どうぞ。…あー、あまり…期待しないでくださいね」
趣味に合わないだとか期待するなとか、そんなプレゼント渡されても、だな。テーブルの下に置いてあったティッシュを取り、涙というか、鼻も押さえた。恥ずかしげもなくだ。隣に座った各務さんは、リボンを解き、丁寧に包装紙を開けていく。
「これは…あぁ、何より嬉しいですよ。有難うございます。大事に使わせて頂きます」
とんでもない。好きな色なのか好きなブランドなのかも解らない。だけど、人に対して気遣いの出来る人だから…。こうして喜んでくれているに違いない。
ピー。
「…あっ、私がします」
「宜しいですか?すみません、有難うございます」
首を振った。初めから私がしていて当たり前。
「お客様ですから」
キッチンに向かった。
入れた珈琲を二つ手に、ソファーに戻った。
「はい、どうぞ…、これ、…いい香りですね。頂いたドリップ珈琲です、有難うございました。プレゼントも送って頂いて、有り難うございます。私…各務さんにはお礼しなくちゃいけない事ばかりで…」
…。
「あの、どうして…、直接なんて…凄く遠いのに…、送り先、教えてくれたら送りましたよ?あでも、やっぱりそれは出来ない事ですよね」
迂闊に教えるなんて無理なんだろうとは思ってるけど。事務所なり、構わない所に送ったのに。
「…それでは、顔は見えないでしょ?」
……ん?
「え?はい…。そうですね…え?はい。…え?顔?…顔?」
「はい」
私の腑に落ちない動揺を余所に、フッと微笑んだ各務さんは、頂きますねと言って、静かに珈琲を飲み始めた。……静寂な刻…。
…あぁ…この感じ…、そうよ、CMとかだったら凄く素敵…。珈琲という渋さに各務さんはとても合ってると思った。
「…あっ、ごめんなさい。明かり…」
いけない。うっかりしていた。薄暗いままだった。飛び出したベッドルームからの零れた明かりとキッチンの流しを照らす小さな蛍光灯の明かりだけだった。絶妙な仄明かりの中だから、余計CMみたいな雰囲気に見えたんだ。
「構わないですよ、このままで」
立ち上がろうと腰を浮かしかけたけど、掴まれた腕と、そのやんわりとした言葉で戻された。
「でも…。いいんですか?このままで、薄暗くて…」
「構わないです」
「…あ、各務さん、何だか珈琲のCMを見てるみたいです」
自分だけで思ってたって、伝えなきゃ解らないものね。
「え、私?」
「はい。…あの、昔、タレントさんでしたか?…ごめんなさい。各務さんはマネージャーというよりタレントさんみたいだから」
…ん?
あっ。そうだとしても、今はそうじゃない。だとしたら、それには訳があるはず。…傷つけたかもしれない。だから…軽々しく聞いてはいけなかったのに…。もう…私って奴は…どうもこんなところが駄目過ぎる…。
「ごめんなさ…」
「…確かに。結果として短い期間になりましたが、今の事務所のタレントとして、活動していた時期がありました。……もう、随分昔の事です…」