不審メールが繋げた想い
クリスマスの日の事だって。ただ行けなくなったごめん、だけ…理由を聞く権利は私にはないの?、ないのか…。でも約束してたのよ?それを破ったのに…。私には…、どうだっていい事になるんだ。久し振りに会うけど…。
鏡の前で座る私の側に来た。女性が少し場所を離れた。
「…真さん、どうして詳しく言ってくれなかったのですか?来いと言うから来ました。来ていきなり、こんな…」
「待って。シーッ。…何もかも準備が出来てから話そう、また後で。来るから」
あ、そんな…。込み入った事が言えないのは、ヘアメイクをしてくれている女性が居るからなのね…。真さんは笑顔を女性に向け、よろしくお願いしますと言うと部屋から出て行ってしまった。
「…お疲れ様です。どうでしょうか、とてもお綺麗ですよ?やはりよくお似合いですね」
ドレスも着た。全身が映る鏡の前に立たされた。身体に沿って流れるようなラインのドレス。サイズが合わなければ絶対無理だったデザイン…。纏められた髪にティアラが乗せられた。長い繊細なレースのベールも…。
また後ほど参りますと言い、頭を下げて出て行った。
丁度ドアの前に居たのだろうか、入れ替わるようにして真さんが入って来た。
「あぁ…綺麗だ。…詩織。…凄く綺麗だ。やっぱり思った通りだった。勝手に決めてしまったけど、このドレス、よく似合ってる…凄く綺麗だよ」
…はぁぁ。大袈裟に褒め過ぎだと思った。正直、この年齢でウエディングドレスとか、着るとは想像もしていなかった。それなのにいきなり着て式まで挙げるなんて…とにかく、無事、身体が入って良かったです。こんなモノを着る日なら、せめてお肌のお手入れくらい、念入りにしておきたかった。…はぁ。でも、何故ですかとか、聞き始めたらきっと…またそれはそれでどこか気持ちがモヤモヤしただろうから。何も聞かず来た方が正解なのだろう。
私を褒めてくれるなら真さんこそだ。いつか見たドラマの中の新郎の姿を思い出した。こんな…まさに本物のモデル。…この人の横に並び宣誓をするの?
「俺も褒めて欲しいな…」
ドラマやショーでこんな経験ばかりしてると、結婚自体、衣装とかも含めて…プライベートのものが何だか特別なものではなくなってしまわないのだろうか。…まあ、今日のこれも本物という訳ではない。
「はぁ…、はい。正真正銘、溜め息が出るくらい素敵です。流石ですね。とてもお似合いです」
「…ありがと」
あ、短い返事に、少し照れているのかと思った。何を着ても着こなす。洗練されてる。似合わないモノなんてないだろう。とにかく…格好いいです。ドラマのシーンから出て来たみたいです。はぁ、本当、溜め息しか出ませんよ?言葉が出ません。やっぱり、一般人とは違います。…そうだ。
「…あの、荷物の中に渡しそびれたプレゼントがあります。持って来ました。真さんとお母さんにです」
「うん、有難う。もう解っているだろうけど今から式を挙げる。詩織…あのね、急に説明もなしにこんな強引にごめん。それなのに、何も聞かず来てくれて有り難う」
…そこは、もう……ですよ。はい。来るしかないと思って来ましたから。
「今日の式は、立会人の各務と母親と姉貴夫婦のみ。母さんは今日は車椅子に乗っている。…解るね…大分難しくなって来たんだ」
あ…そんな、……だからこんな事、急いだって事?
「真さん、あの…」
「…うん。俺と詩織の結婚式をどうしても見たいんだって…せがまれてね。急を要したんだ。…動ける内にって。何とかスケジュールの調整をして、それで、今日に。勿論、今は直ぐ籍を入れるような事まではしないから安心して?母さんが何か話すかも知れないけど、合わせて聞いてやって欲しいんだ」
「…解りました。頑張ります」
…はぁ。こんな、暗い顔をしていたら駄目なのよね。
「有難う、詩織。…はぁ、もう聞いた?各務から。…赤い絨毯を、父親代わりの各務と歩いて入って来るなんて…、それすら新郎新婦に見えてしまいそうで…妬けるよ…」
…え、突然何を言っているの…。各務さんは各務さん。それにこれは振りの結婚式じゃないですか。
「俺の方の控え室に来てくれる?母さんが居る。詩織のドレス姿、ゆっくり見せてやって欲しいんだ。姉貴夫婦も紹介するから」
「はい、解りました」
お姉さん夫婦…会う事になるなんて…初めて会うのがいきなりこんな日になるなんて、大丈夫かな。
「ドレスの経験は?」
「え?いいえ、ロングドレスなんて初めてです。…何もかも」
こんな経験は普通の人間にとって一生に一度のモノでしょ?ショーの最後に出るような人間でもないですから。
「ん。俺も女性の事だからあまり良く要領は解らないんだけど、歩く時はドレスの裾を蹴るようにしたらいいらしい。待って。ベールは今は纏めて、俺が持つよ。あ、これ、ブーケ。これは後で取りに来よう」
「はい…」
一緒に仕事をしたモデルさんとかに聞いた事があるのかな。何度もエスコートをしてるだろう。
段々…緊張して来た。胸のドキドキが見て解りそうなくらい、強く鼓動を打っていた。奥さんになる人として、上手く演じられるだろうか。
コンコンコン。
「母さん?詩織の仕度が出来たよ。ほら、綺麗な花嫁さんだろ?目茶苦茶綺麗だろ?」
真さんの後ろから、ドレスの裾を持ち、中に進んだ。…あ、…お母さん。お母さんが…。
「…本当に。…詩織さん。もっと近くに…」
「はい。お母さん、ご無沙汰してしまって申し訳ありませんでした」
車椅子のレバーを動かしてこっちに来ていた。歩み寄った。お母さん……お元気でしたかと、言えない…。
「いいのよ。色々、いつも真の方に都合を合わせて貰っているのだもの。今日のお式だって、真が急に無理を言ってごめんなさいね」
…え?今日の事はお母さんが望んだ事では…。…あ、話は合わせてくれって言ってた。
「いいえ、大丈夫です。急でも…嬉しかったです」
こんな感じでいいかな。 あー、もっと、真さんの仕事の大変さは解ってますからとか、親密振りを演じたほうが良かっただろうか。その方が安心したかも。これでは初めて会ったときとほとんど進歩がない。…咄嗟の機転なんて利かない…。得意じゃない。多く語らない方が安全だ。