夢幻の騎士と片翼の王女
「少し風に当たって来る。」

「では、私も…」

「すぐ戻る。
おまえは休んでいなさい。」

苛々とする気持ちを押さえ、私は作り笑顔で微笑んだ。



(アリシア……)



庭に出て、幽閉の塔を見上げた。
出来るものなら、あの塔によじ登ってアリシアの所へ会いに行きたい。
以前の私なら、やもりに姿を変え、壁をよじ登ることだって出来たのに…



(アリシア……あと少し、待っていておくれ…)



その時、いつもの歌声が聞こえて来た。
リュシアンだ。
奴は、見張り台で歌っていた。
空に向かって…声を張り上げていた。



(まさか……)



奴が腕を差し伸ばした時、まるで塔にいるアリシアに向かってそうしているように見えた。



まさか、あいつ、まだアリシアに未練を持っているのか?
確かに、アリシアは元はといえば、あいつに差し出された女だ。
しかし、私に譲るということは了承したはず。
それに、あいつが今まで一人の女に執着したという話は聞いたことがない。



(では、なぜ…?)



私の思い過ごしなのか?
しかし、見れば見る程、あいつの視線はあの塔に向けられているように思えた。



なぜだかわからないが、私の心は言いようのない不安にざわめいた。
得体の知れない不安が大きく黒く広がったのだ。



「アドルフ様、こんな夜更けにどうかなさいましたか?」

「えっ!?」

振り向くと、そこには庭師らしき男が立っていた。



「いや…少し風にあたりたくなってな。
おまえこそ、こんな夜更けまで何をしている?」

「ムーンラバーの花の様子を見ておりました。」

それは、深夜の一定時間だけ美しい花を咲かせる珍しい花だ。
大きさの異なる花が、一対になって花を咲かせることから、この名がついたらしい。



「もう少し早ければ、アドルフ様にもご覧になっていただけたのですが…」

「そうか。それは残念だった。」

「今年のムーンラバーはいつもより花が大きく、香りもとても素晴らしいもので…」

庭師は花の話を熱く語り、私はそれに適当な相槌を打ちながら聞いていた。
特別、花に興味があるわけではなかったが、庭師と話したことで、不安な気持ちがなんとなく落ち着いていた。
歌声はすでに途絶え、リュシアンの姿もいつの間にか見えなくなっていた。



(きっと、私の考え過ぎだ。
あいつは、単に詩人に憧れてくだらぬことをしているだけだ…そうに違いない。)

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