夢幻の騎士と片翼の王女
(俺の心は、今までいつも空っぽだったのに…)



ふと、遠い昔のことを思い出した。
俺は、王子という立場上、誰からも大切にされた。
皆が俺にちやほやし、くしゃみ一つしただけで心配された。
俺がどんないたずらをしようと、どんな無茶を言おうと誰も俺を叱ることなんてなかった。



だけど、そんな毎日は楽しいどころか、ただ退屈でつまらないだけだった。
それは、俺に母親がいなかったせいかもしれない。
どういう経緯があったのかはわからないが、母親は、俺が物心の付いた頃にはもういなかった。
俺の記憶の中には、母の思い出は何もない。
まだ幼い頃は王妃が母親だと思っていた。
だが、そうではないことを知らされた。
俺の母親は、城にはいないということだけを聞かされた。
顔や声すらも覚えてはいないが、俺は母親似だということを聞いていたから、子供の頃の俺は、母が恋しくなると、鏡を見て母の顔を想像したものだ。



俺の母親が正室ではなく側室だということを知ったのは、確か、思春期を迎える少し前あたりだったと思う。
俺には、アドルフという弟がいた。
元々、あまりウマの合う相手ではなかったが、その上、一緒に遊ぶ機会も少なかったせいか、弟という親しみもあまり感じなかった。
それだけではない。
俺が先に生まれたにも関わらず、アドルフの方が何かにつけ優遇される。
それがなぜなのか小さな時にはわからなかったが、いつだったか、俺は使用人を問い詰めて、ようやくその答えを知ったのだ。
アドルフは、王妃の生んだ子供だった。
それが、優遇される原因だったのだ。
大きくなるにつれ、俺の母親が側室で、身分の低い女だということがわかった。
母親がどんな女だったにしろ、アドルフが生まれなければ、俺はきっともっと大切にされただろう。
だけど、俺が生まれた次の年にアドルフが生まれ…
そのために、俺はどうでも良い存在になった。



俺は、自分が価値のない人間だと感じるようになった。
皆、俺を大切にはするが、それは見せかけだけのものだ。
本当に大切だと思っているのは、俺ではなく、アドルフなのだ。
いつも心の中には冷たい隙間風が吹いていた。
それはとても寂しく哀しいもので…
その気持ちを紛らせるため、俺は女を抱いた。
人の温もりが、俺の気持ちをほんの少しだけ温めてくれた。



だが、そのぬくもりはほんの一時のこと。
俺の心の隙間風は止むことがなかった。



なのに、亜里沙に会ってから、その風がだんだんと吹かなくなっていることに俺は気付いた。
亜里沙のために、歌を歌い楽器を習い…
そんなことをしているうちに、俺の心には冷たい風が吹かなくなった。



(亜里沙…不思議な女だ……)


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