夢幻の騎士と片翼の王女
「アドルフ様。」

私をもの想いから覚ました低い声…
振り返ると、そこには不満気な顔をしたジゼルがいた。



「なんだ、入るときはノックくらいしろ。」

「しましたわ。何度も…」

ジゼルはさらに不満を募らせた表情を浮かべた。



「……そうか、それはすまなかったな。」

「そんなことより、アドルフ様…
最近、ちっとも私の所に来て下さらないですが…」

「私もなにかと忙しいのだ。
それに、おまえは大切な身…私のことなど気にせず、自由気ままに過ごせば良い。」

「私は大丈夫です。
……なんなら、夜のお相手だって……お寂しいのではありませんか?」

ジゼルはそう言いながら、私の傍にしなだれかかる。
思いっきり突き飛ばしたくなる気持ちを、私はぐっと押さえ込んだ。



「はしたないことを言うものではない!
おまえのお腹の中には、いずれこの国の世継ぎになる大切な子が宿っているのだぞ。
今は、その子を無事に産むことだけを考えて、心やすらかに過ごすのだ。
なんなら、旅行に行って来ても良いぞ。
そうだ、ランジャールにしばらく戻ってはどうだ?
故郷に戻れば、気持ちも落ち着くのではないか?」

「私は、アドルフ様のおそばが一番落ち着くのです。」

ジゼルは仏頂面でそう言って、私をじっと睨みつけた。
元々美しくない顔が、さらに醜く歪んでいる。



「さっきも言った通り、私は今忙しい。
近々、旅にも出る。
だから、おまえも自由にしなさい。」

ジゼルは、相変わらず不満そうな顔をしながら、部屋を出ていった。
アリシアという側室を持ったことを話したら、あいつはどんな顔をするだろう?
あの不細工な顔がますます醜くなると思ったら、気分が悪くてなかなか言い出せない。



(今しばらくは黙っておこう…)


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