夢幻の騎士と片翼の王女
「ずいぶんとお熱いことですわね…」



不意に聞こえた低い声に、私達は思わず、体を離した。



「ジゼル…!」

アドルフ様の声で、私もすぐに理解した。
そこに立っていたのは、アドルフ様のお妃のジゼル様だということを…
ジゼル様は、不快感を隠そうともせず、不敵な顔で私を睨まれていた。



「こんな所に何の用事だ!」

アドルフ様はずいぶんと怒っていらっしゃるようだった。



「あなたが全然お戻りにならないので、御迎えにきたのです。」

「くだらないことを言ってないで、すぐにここから出て行け!」

「くだらないですって?
あなたこそ、こんなくだらない女に入れあげてらっしゃるじゃないですか。」

「アリシアのことを悪く言うな!」

アドルフ様は、酷く乱暴にジゼル様の頬を叩かれ、ジゼル様はその勢いで倒れられた。



「ふふふ……」

倒れたジゼル様は、不気味な笑い声を上げ…
そして、顔を上げられると私を射るような視線でにらみつけ…



「おまえなんて消えてなくなれ!」

ジゼル様は、目にも止まらぬ素早さで立ち上がったかと思うと、私に向かって突進してこられた。
ジゼル様の手には、輝くナイフが…



私はその時、あの夢のことを思い出していた。
二度程見たあの怖ろしい夢…



(あの夢は、このことの暗示だったのね…)



恐怖に足がすくんで逃げることが出来ない。
私は、このすぐ後に来るだろう最悪の時に備えて、固く目を閉じた。
< 203 / 277 >

この作品をシェア

pagetop