夢幻の騎士と片翼の王女
「うっ……」



覚悟していた痛みは感じなかった。
その代わりに、私の体を抱く温かな温もりと、苦しそうなくぐもった声がして、私は恐る恐る目を開いた。




「きゃあああーーーーー!」



ジゼル様は、両手を赤く染め、狂人のような大きな叫び声を上げながら部屋から出て行かれた。



(何…?一体、何が起こったの?)



「アリシア…無事か…?」



混乱した私の目の前で、アドルフ様が顔を歪めて呟かれた。



「アドルフ様…あっ、ああーーーっ!」



生温かい感触を感じてふと視線を落とすと、アドルフ様のお腹から大量の赤い血が流れていて…



「あ…あ…だ、誰か…誰か来てーーーー!」

私はその状態に何もすることが出来ず、子供のように泣きながら声を上げた。



「アリシア…」

アドルフ様の体がゆっくりとその場に倒れ込んだ。
傷口からどくどくと流れ出す赤い血で、あたりは赤く染まっていく…
アドルフ様の脇腹にナイフが深く刺さっているのが見えて、私は恐怖に体が震えた。



「アドルフ様、し、しっかりして下さい!」

「アリシア……残念だが、私はもうだめだ。」

「いやです!そんなことおっしゃらないで!」

私は泣きながら、アドルフ様の手を握りしめた。



「アリシア…私は満足だ…
ついに私は…おまえの…心を……」



とても苦しそうなかすれた声で…
だけど、こういう時にはそぐわないとても穏やかな笑みを浮かべて、アドルフ様はそう言われた。



「アドルフ様!しっかり!しっかりして下さい!!」

私は、アドルフ様の手をさらに強く握りしめた。
けれど……アドルフ様の手には力がなく……やがて瞼がゆっくりと閉ざされ、見慣れた灰色の瞳が見えなくなった。



「アドルフ様…?アドルフ様…?
アドルフ様…!!」



どんなに叫んでも、どんなに体を揺さぶっても…
アドルフ様の瞳が再び開けられることはなかった。
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