ヴァージンの不埒な欲望

すでにレジの前にいたその人に視線を向けられ、目で制された。

トートバッグから取り出そうとしていた財布から、手を離す。

「ごちそうさまでした」と柔らかな声でマスターに声をかけたその人に続いて、私も「ごちそうさまでした!」と小さく頭を下げた。

カラン!というベルの音と「ありがとうございました」というマスターの声を背中で聞いた。

お店の外に出るとその人は、月の光を受けながら立っていた。

ただ佇んでいるだけで、一枚の絵画のようだった。

ほぅーっと見惚れそうになるが、「帰り道はわかりますか?」というその人の問いに「大丈夫です!」とコクコクと頷いた。

「では、お気を付けて」

軽く会釈してその人は、書店があるのとは反対の方向、駅の方に向かって歩き始めた。

「ごちそうさまでした!ありがとうございました!」

その人の背中に、もう一度深々と頭を下げた。

私は普段自動車で通勤しているので、書店の駐車場に車を止めたままになっている。

「駐車場に、戻らなきゃ」

その人の背中が見えなくなるまで見送って、私はその人と反対方向に歩き始めた。



*****



「ただいま!」

書店から車で十分程で、自宅に着く。

ダイニングキッチンに入りながら、母に声をかけた。

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