ヴァージンの不埒な欲望
その人の静かな言葉を、私も静かに受け止める。
「どちらかが来なかったり、どちらも来なかった場合、今日の事はお互いに忘れましょう。あの大通りの書店に、私は二度と行きません。免許証で知ったあなたの名前も忘れます。私が寛げる数少ない場所なので、このお店の事はどうか忘れてください」
その人が頭を下げたので、私は慌てて「はい、そうしますから!」と答えた。
顔を上げたその人の表情からは、やっぱり私は何も読み取れない。
「今日は突然、本当にすみませんでした!私のお話を聞いてくださって、ありがとうございました!」
一気にそう言って、今度は私が深々と頭を下げた。
「出ましょうか」
その人の言葉に頭を上げた。テーブルの端にあった伝票に手を伸ばした時、同じタイミングで手を伸ばしたその人の手が、私の手に重なってしまった。
「っ!」
慌てて手を引き、右手に左手を重ねてグッ!と握った。右手の震えを感じて、さらに強く握る。
心の準備ができていなかったから、不自然な態度をとってしまった。気持ちは焦るのに、手の震えは止まらない。
「すみません。私がお連れしたので、ここは私が支払います」
そう言うと、その人は伝票を取って席を立ち、さっさと行ってしまう。
「でも!私がっ」
座席に置いていたトートバッグを持ち、慌ててその人の後を追う。