ヴァージンの不埒な欲望

「はい」私が小さく頷くと、彼はパッと破顔した。

彼は父の教え子だった。進路の事でも細かいアドバイスをもらったなどと、とても懐かしがってくれた。

いつも爽やかな笑顔を浮かべ、スッキリとスーツを着こなしている彼は、うちの女子社員からも人気があった。

父の事を出されると、私の背筋も自然と伸びてしまう。

一応、彼の事を父に話したら父もよく覚えていて、表情のない顔が綻んだ。

教え子に対しては、そんな表情をするんだ。いつもより私によく話す父の顔から、すっと目を伏せた。

仕事中なので長話はできないが、それからも取引先の彼は私にたびたび声をかけてくれた。

父の様子を伝えると、また嬉しそうに笑った。

ある日、同期との飲み会に誘われ、会社の近くの洋風居酒屋に行った。

お手洗いに行った帰り、父の教え子の彼と偶然会った。

「星野さん!」と声をかけられた。すぐに戻るつもりだったのに、彼の話がなかなか区切りがつかなくて、思ったより長く立ち話をしていた。

私は気付いていなかった。その姿を同期のあの子が見ていたなんて。

私は知らなかった。同期のあの子が、父の教え子の彼に好意を持っていた、なんて。

飲み会からしばらくして、何となく営業事務の同僚や、同期の様子がおかしいと思い始めた。

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