蛍が浮かぶ頃 【砂糖菓子より甘い恋2】
女は散々泣き叫んで、ようやく落ち着いた。
その頃には東の空はすっかり綺麗な朝焼けに染まっていた。

「安倍様、すみませんっ」

都でも美男子だと評判の男から、冷たい表情で見下ろされていたことに気付き女は羞恥で狼狽した。

「いえ、折角ですからお話だけでもお伺いさせていただきますよ」

龍星は諦め顔で、地べたに座る女に手を差し伸べた。
女は地獄で見つけた蜘蛛の糸を掴むかのように、素早く、龍星の滑らかな手を掴んで立ち上がった。
うっとりといつまでも手を握り続ける女の手をさりげなく振りほどきながら龍星は口を開く。

「で、水子の霊が?」

「……そうなんです。
 私、前の主人との間に子供が出来たのですが、それがお腹の中にいる間に亡くなって。
 今は新しい主人と暮らしているのですが、それを妬んでか水子の霊が夜に昼に悪戯を繰り返して困っているのです。
 もう、おかしくなってしまいそうで」

女は早口で言うと再び泣き出した。
これでは何も分からない。

龍星は諦めた。

「少しお待ちいただけますか?
 一緒にそちらに伺います」

その言葉に泣いていたはずの女は、瞳を輝かせて微笑んだ。

龍星は身支度を整え、使いの者(これもおそらく人ではない何者か)に雅之への手紙を託し、寝ぼけ眼の毬をそっと抱き寄せ出かけてくる旨を伝えて、家を出た。


向かう先は、都の南西の端辺りだった。


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