蛍が浮かぶ頃 【砂糖菓子より甘い恋2】
毬は大急ぎで着替えると、待たせてあった牛車に乗った。

牛車の中でも、二人は黙ったまま。普段は決して流れない重たい空気に包まれていた。


毬は扇子で顔を隠しながら、千姫が居る部屋へと向かった。


「御台様、左大臣家の毬様をお連れしました」

雅之が頭を下げて報告する。
御簾(みす)の向こうでパチリと扇子がなる。

「遠原殿、大儀であった」

澄んだ女性の声。
雅之は正しく一礼すると、毬の方をちらりとも見ずに出ていった。

「毬、わざわざ呼び出して悪いわね」

「いえ。御台様におかれましてはご機嫌麗し……」

「そんな堅苦しい挨拶は結構よ、毬」

千は毬の挨拶を止める。

「今は屋敷を出ているんですって?」

「はい。先の桜の鬼騒動以降、陰陽師の安倍様にお世話になっております」

「まあ、そうなの。
龍星殿が誰かと共に暮らすなんて、とても想像がつかないわ」

「仕方なくよ、きっと」

毬の投げやりな言い方に、千は涼しい声で笑う。

「毬は相変わらず恋心が分かってないわね。男の子たちと野山を駆け回ってばかりいるからよ。
たまには女房たちの恋の話を聞いてみなさいな。

掛けてもいいわ。
龍星殿が下心なしにあなたを住まわせるはずがなくってよ」
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