蛍が浮かぶ頃 【砂糖菓子より甘い恋2】

六の一 すれ違い

「毬っ」

背中から呼ばれて振り返る。

雅之が、息を切らしていた。

「雅之、どうしたの?」

毬は不思議そうに首を傾げる。

「どうって」

あまりに無防備過ぎるその態度に怒りを通りすぎて呆れた雅之は、がくりと肩を落とした。
龍星はよく身が持つなと感心さえしてしまう。

「勝手に屋敷を抜け出したら、心配するのは当たり前」

「だってキツネに呼ばれたんだもん。普通呼ばれたら行くわよっ」

頭ごなしに怒られた毬は思わず勢いで言い返す。

雅之は息を呑んだ。

「キツネって。
……妖狐?」

「八つ尻尾がついてたから、そうかもね」

怖い声で問いただされるので、意地になって冷たく返す。

雅之は頭を抱えた。

「……毬、俺の前ではともかく龍星にはそんな風に答えちゃ駄目だ」

「なんで?」

毬は簡単に気持ちを切り替えられず、不貞腐れた態度をとってしまう。

雅之は頭を掻いた。
これはもう、手に負えない。

「分かった。毬のお好きにどうぞ。

ただとりあえず、御所まで来てくれる?さる方がお呼びだ」

険のこもった声で雅之は言い捨てて歩きだす。牛車は安倍邸の前に待たせていた。

普段優しい雅之の突然の変貌に戸惑いながら、毬はその背中を追った。
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