幸福に触れたがる手(短編集)
目が覚めると、少しだけ開いたカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。
隣の篠田さんはまたシーツに顔を埋め、後頭部に枕を乗せていたけれど、もう二度目の朝だ。ちゃんと息してるな、と確認できるくらい落ち着いていた。
ていうかこの人、自宅に帰らなくてもいいのだろうか。
間取りは似たようなものだろうし、もはや自宅にいる気分なのだろうけど……。年末の大掃除とかしたのかしら。
とにかく年が明けた。おせち料理の準備は一切していないけれど、せめてお雑煮くらいは作ろうと起き上がったら、突然手首を掴まれた。
すぐに篠田さんが顔を上げ「いま何時?」と。
「八時ちょっと前です。お雑煮食べますか? 作りますよ」
「食いたい」
「じゃあ離してください」
「元旦くらい、ゆっくり寝てたらいいのに」
「お雑煮食べるんですよね? キッチン行かないと作れませんよ」
「じゃあせめてあと三十分くらい横になってろよ。腕枕してやるから」
「腕枕はしていただかなくてもいいんですが、じゃあ……もう少しここにいますね」
答えて横になると、篠田さんは頬杖をつきながらこちらを見て、口を尖らせる。イケメンはむっとしていても画になるな。
「知明さあ、気ぃ使いすぎじゃね?」
「そうですか?」
「そうだよ。夜中何回も起きて布団かけ直してたし。おまえは俺のおかんか」
「全裸なのに布団ずれてたら寒いじゃないですか。風邪引きますよ」
「起こさないように忍び足でトイレ行ったりもしてたよな。自宅なんだから堂々と行けよ」
「起こしちゃ悪いし」
「腕枕だって、素直にされてりゃあいいんだよ」
「腕痛くなりますよ。腕枕によって神経が麻痺して、ひどい時は数ヶ月もしびれたままってこともあるそうですし」
「可愛くねえなあ」
むっとしたままの篠田さんに肩を掴まれ、無理矢理頭を腕に乗せられる。
なんだか申し訳なくて頭を少し浮かせていたら「おまえの頭は羽根でできてんのか」と。こめかみの辺りを押さえつけられた。
細い腕に頭を乗せて、痺れさせてしまわないだろうか。短い時間にごく普通の腕枕をするくらいなら大丈夫らしいけれど、もしもってことがあるし……。
「すみません、重いですよね」
「頭ならこんなもんだろ」
「痺れたらすぐ言ってください」
「鍛えてるから平気だって」
確かに細身のわりに意外と筋肉があるから、初めて裸を見たときは心底驚いたっけ。と言っても、つい一昨日のことだけれど……。
いや、ほんと何の仕事をしているのだろう。仕事とは関係なく、趣味で鍛えているのかしら……。