幸福に触れたがる手(短編集)




「おまえ、誰に対してもこうなの?」

「え?」

「気ぃ使って遠慮して相手に合わせて」

 腕枕の最中、急にそんなことを言われたからどきっとした。

「足つぼ押してたときもそうだ。痛くてやめてほしいなら蹴り飛ばしてでも拒否すればいいのにそんなことしないし」

「……」

「勝手に卒業アルバム持ち出したときも、ミステリー小説の結末を話そうとしたときも無反応だったし。嫌だったら嫌って言えばいい。相手のことより、もっと自己中心的に生きてもいいんじゃねえの?」

 篠田さんの意見を聞いていたら、元恋人の言葉が浮かんだ。別れを告げられた日の言葉だ。


 元恋人曰く、わたしはつまらない、張り合いがない。理解がありすぎて、自分の感情よりも相手の感情を優先させる。
 我が儘のひとつも言わず、何でも受け入れてしまう。嫉妬して駄々をこねて甘えてほしいときも、わたしはただ肯定するばかり。
 仕入れてきた話のネタを得意気に話しても、全部聞き終えると、自分よりも詳しく補足を入れる。その話知ってるよ、と最初に言わない。

 それがつまらなくて張り合いがなくて可愛げがなくて。一緒にいても成長できず、この先何年も付き合っていくメリットがないと思ったらしい。


 言われたときはよく分からなかったけれど、改めて篠田さんに言われると、本当にそうだと思った。

 思ったこと、感じたことを、もっとストレートに伝えてもいいのかもしれない。

 寂しいとか悲しいとか嫌だとか。嬉しいとか楽しいとかどきどきしたとか。人並みに持っている感情を。

 でもそれを、知り合ったばかりで、恋人でもなければ友人とも言えないようなこの人に、伝えてしまってもいいのだろうか……。




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