幸福に触れたがる手(短編集)
無言でエレベーターに乗って、無言で部屋に入ると、無言で手を離された。
篠田さんは無言でコンビニ袋をテーブルに置いて、無言でソファーに沈む。
もしかして……怒っている?
「あの……篠田さん?」
「……」
無視された! もう完全に怒っている!
息を吐いてから隣に座ると、篠田さんはちらとこちらを見て「悪かったな」と。ようやく口を開いてくれた。
「何がですか?」
「おまえと元カレとのことに口挟んだ」
「はあ、はい」
「俺はおまえの恋人でもなんでもないし、知り合って数日でまだ何も知らない。口挟んだのは、ただの俺の自己満足だ」
「ああ、いえ、大丈夫です。篠田さんがいなくても結論は変わりませんし」
だからそんなこと気にしなくてもいいのに。
周司とわたしの問題だとしても、その問題はすでに解決していたのだから。
元気付けようと、篠田さんの腕をすりすり撫でるけれど、彼は不機嫌なまま。口を尖らせて視線を逸らす。
「元カレと完全に終わって、おまえはこれからどうすんだ?」
「どうするって……」
「俺と、どうにかなる気はあるのか?」
篠田さんとどうにかなる気。というのは多分、この先のわたしたちの関係の話。
身体だけの関係を続けるか、肉体関係のない友だちとして付き合っていくか、ただ同じマンションに住んでいるだけの知り合いになるか、それとも……。
この結論も、もう出ていた。
知り合ってまだほんの数日で……。お互いのことを何も知らないけれど……。
「あります。篠田さんともっと一緒にいて、あなたのことを知りたいと思っています」
正直に自分の気持ちを口にした。
のに。
「じゃあおまえは、俺が人を殴ったり蹴ったり斬ったりする仕事をしていて、好きでもない女を抱くことなんかしょっちゅうあるって言っても、同じことが言えるか?」
「……え?」