幸福に触れたがる手(短編集)





「篠田さんから女性ものの香水のにおいがするんですから、撮影後着替えてから誰かとくっつきましたね?」

「え……」

 くっついたというか、くっつかれたというか……。さっき飯のあと、駅まで腕を組まれたっけ……。

 思い返していたら、彼女は少し身体を離して、口を尖らせながら俺を見上げる。
 そして目を細めて「あんまりプライベートで女優さんたちとくっつかないでください。妬けますから」なんて言った。


 心配しなくても、俺は彼女が思っているよりずっとベタ惚れだというのに。
 言おうと思ったけどやめた。
 それはそっくりそのまま俺に返ってくる。心配で心配で、人数合わせの合コンにも行かせなかったのだから。


「じゃあ知明の香りを上塗りしてくれ」

「におい混ざっちゃいますよ」

「じゃあ風呂行くか」

「一緒に入るんですか?」

「いつも入ってるだろ」

「篠田さんいつも盛るからのぼせちゃうんですよね」

「いつも介抱してるだろ」

 唇を寄せて腰に腕を回すと、彼女は渋々という感じで上体を起こした。

 彼女が着る「ポジティブ」Tシャツにも、ようやく和むことができた。少し前に俺が渡した元稽古着だけれど、まさか今日、このタイミングで着るとは。この恰好で深刻な会話をしていたと思うとひどく滑稽だ。





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