幸福に触れたがる手(短編集)
「……じゃあ、なんで泣いてたんだ?」
濡れた頬を撫でると、彼女は恥ずかしそうに笑う。
「映画を観ていたら我慢できなくなっちゃって」
「ああ……そう……」
「だって切ないじゃないですか。やっと幸せになれるはずだったのにあんな結末」
確かにあの映画は、愛を知らずに血と暴力の中で生きてきた主人公の『当麻』が、ひとりの女と出会うことで、失っていた心を取り戻す、というもの。ただし、組織を抜けて女との新しい暮らしを始めようとした矢先、追手によって殺されるという、完膚なきまでのバッドエンドだ。
「あ。スーツ姿で闘う姿、かっこよかったです」
「……取って付けたように褒めるな」
「本心ですよ。私服や部屋着は見ますけど、スーツなんて見たことないですし」
「なら今度スーツ着てするか?」
「汚したら嫌なのでお断りします」
にこにことしていた彼女が急に真顔でそう言うから、俺の涙はすっかり引っ込んで、代わりに彼女を可愛がりたくなった。無条件で甘やかして、幸福を感じてもらいたくなった。
彼女の額に唇を付けて、そのままソファーに押し倒す。
最近こうしてソファーで始めることのほうが多い。寝室は目と鼻の先だというのに、そこまで我慢できない。彼女が可愛すぎるのが悪い。
「……合コン行かせたくなかった理由のひとつがこれ」
「?」
「俺みたいに、おまえを見ただけで盛る男がいたら困るだろ」
「確かに毎晩とても元気に盛ってますねえ」
彼女はくすくすと笑いながら、俺の背中に腕を回して引き寄せる。そして俺の肩元に顔を埋め、……。