ビルに願いを。


そのままなんとなく2人で窓際のカウンターに寄りかかって話した。イラに変なことを言われたから気になっちゃっても、丈は別にいつも通り。


「面白いだろ? まだわかんないか」

「いつかわかるとは思えないくらい難しそう」

「わかるようになるよ。昔、誠也が何やってるのか知りたくて俺もよくのぞいてた。邪魔にされながらね」

うわ、自分の話。珍しい。夜って人の心が開くのかな。

「社長が教えてくれたの?」

「最初に古いマシンを譲ってくれて、聞けばなんでも教えてくれた。誠也が大学に行ってからはオンラインでアドバイスもくれてたかな」

仲のいい兄弟なんだ。ひとりっ子の私にはうらやましい。それにしても、本当に小さな頃からやってるんだね。

私がママの顔色を見て勉強ばかりしていたような頃から、自分の好きなことがわかっていたってこと。

「子供の頃から好きだったなんて、さすが天才」

私と比べたってしかたないなとうつむいた目の前に、薄い金色のカードが差し出された。

「45階、4501。眠いなら今のうちに少し寝とけば。今日クリーニング入ってるからきれいだよ」

これ、ホテルのカードキー?

「杏は別にやりたくてやってるわけでもないから、無理しなくていい」

カードキーを私の手に押し付けて、後ろを向いた。え? そう言う意味じゃない。

思わず後ろから服を掴んだ。なに?と丈が驚いたように振り返る。

「やる気はあるんだけど、面白いけど、麻里子さんにもさっきまたわかってないって言われたから、ちゃんとわかるようになるか自信がなくて、でも頑張るから、あの、見捨てないで」

また言うことをきっと間違えてる。でも開きかけた心がまた閉じるように思えて必死だった。

「麻里がなに? よくわかんないけど、面白いなら良かった」

丈は気圧されたように答えて、足早にみんなのところに戻って行った。

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