ビルに願いを。
「きれいってなんだよ」
丈の苦笑いで、口に出てしまっていたことに気づく。
「2人には負けるよ。いつも以上にきれいだ」
いつも通り褒め上手な社長にエスコートされて部屋を後にする麻里子さんを見習って、私も丈が促してくれるのかなと振り返ろうとした。
「動かないで」
いつの間にか真後ろにいる丈の声に動きを止める。
肩に丈の指が伸びた後、アップにした首の後ろにそっと触れる感触にぞくっとした。
ネックレスだ。
鏡で見てみると、細いゴールドのチェーンの先に小さな輝石。きれい。思わず笑みがこぼれた。でもこれって?
「いつも気にかけてくれてるお礼」
戸惑いに気づいた丈が軽く言う。プレゼントと言わないのは、きっとノーと言わせないため。
「杏はゴールドのほうが似合うよ。ドレスにも合う」
もしかして指輪のことを言ってる? 銀色に光るプラチナリング。
気づいていないはずはないのに、一度も指摘されたことがない。私がケイティのことを一度も口にしたことがないのと同じか。
確かに今の装いではこの指輪は似合わないかもしれない。短時間なら、いいかな。
丈が見ているのを意識しつつ、薬指のリングを外してシャンパンゴールドのクラッチバッグにしまった。
外した指の感触が心もとない。でも今だけだから。パーティの間だけ。それぐらいは大丈夫でしょう?
丈は私の右手を取ると、顔を見ながらわざとらしく薬指に口づけた。気障。そういうことできるんだ。
「やっぱり社長と兄弟」
「半分だけね」
嬉しそうに笑って、ドアを開けると私を先に送り出す。あの秘密のエレベーターの前で待っていた社長達は「似合うね」とネックレスを褒めてくれた。
麻里子さんも特に厳しい表情をすることもない。仕事上の同伴、ですよね?