恋愛生活習慣病

act.16

飲み会の帰りの電車でスマホを見たら、冬也さんからメッセージが入ってた。


『家に着いたら何時でもいいから連絡をして欲しい。声が聞きたい』


声が聞きたいって……ストレートだなあ。

冬也さんは今時の人にしては結構きちんとした日本語を使う。
「電話して」とは言わないし書かない。「電話をかけて欲しい」とか「声が聞きたい」とか要件をはっきり言葉にして伝えるし、助詞をむやみに省略しない。
外国での生活が長いから日本語を大切にしてるのかなと思ってたけど、性格と育ちの良さが自然とそうさせているのかも。
冬也さんの、そういうところも好きだ。

好き?
……………………好き。

いやいやいや、ないないない。
ガタガタ揺れる電車の中でぶんぶんクビを横に振ったら、眩暈がしてふらついた。いかん。ちょっと飲み過ぎたかな。

乗った電車は終電だった。
久しぶりの面子でそれなりに盛り上がった飲み会は、いつもの妄想小話ができなくて不完全燃焼だったうえ、気の進まないバーベキューの予定まで立てられて微妙な気分になった。
最後は「このまま俺んちに行って飲もうぜー!ウチに泊まればいーじゃん」とうるさい岡崎を振り切って帰ってきた。
岡崎は大学の頃から、お祖父さんが遺した中目黒の一戸建てに住んでいる。
まあ昔はよくあいつん家で雑魚寝してたけど、彩芽はヒモ彼が迎えに来たし、紗理奈は長友くんに必死に止められてたし、私も雅くんとこれ以上関わりたくないっていうか、正直ちょっと距離を置きたかったので帰った。

今更だけどSNSのIDを知られたのも、なんか嫌だった。
長谷部先輩と岡崎からはさっそく『美味しいもの食べさせてやるから近いうちにメシに行こう』と同じような内容のメッセが届いた。
雅くんからも送られて来て『久しぶりに会えて嬉しかった。今度は2人で飲みに行こう』と書いてあった。

あいつらが私に社交辞令を言うとも思えないから、みんな私が暇だと思ってるんだろう。
ご馳走してやると言えばほいほい出てくると思われてるのか。
残念ながら私には立派なメシ友(兼仮氏)がいるので、あんたらの相手をしてる暇はないもんねー。
Thanksと書いたスタンプだけ送っておいた。


家に帰ると1時を過ぎていた。
さすがに連絡するのは躊躇われる時間だ。今日は水曜日だし。明日というか日付変わったからもう木曜日だけど。
私は忙しかった先月までの休日出勤の代休を今月取っていいことになっているので、今日は休みを取っている。
ふふー幸せ。
だけど、冬也さんは明日も仕事なはず。
もう寝てるよね、と思いおやすみのスタンプだけ送信した。
そしたら即、着信画面が表示された。まだ起きてたんだ。


「まだ起きてたんですか。冬也さん、早く寝てください。明日がきついですよ」

「いつも起きている時間だから大丈夫だよ。李紅こそ遅かったね。こんな時間まで飲んでたの?いつも10時には寝てるのに」


今夜、友だちと飲みに行くという話は伝えている。
同じ日に冬也さんに食事に行こうと誘われたけど、その日は友人と先約があると断った。
遅くなると心配だから迎えに行くよと言われたけど、彼氏でもヒモ彼でもない仮の彼氏にそんなことはさせられないので断った。三人で飲む時はいつも11時くらいまででそんなに遅くならないから大丈夫だと言って。


「お店で偶然、知り合いに会ったんで、合流したんです。久しぶりだったし人数も倍になったから、話が終わらなくて。終電に間に合って良かったです」


なんだか言い訳っぽい。嘘は言ってないけど。


「そう。楽しかったのならよかった。電車の時間が気になってゆっくりできなかったんじゃないか?連絡してくれれば何時でも迎えに行ったのに」


優しい!仮氏が優しい……!
飲んだくれてる女を何時でも迎えに行くなんて、どんだけ甘やかす気なんだ!

優しさと甘さにキュンときて、アルコールで火照った顔が余計に熱い。

いいなあこういうの。実際にそんなことをしてもらうつもりはないけど、大事にされてるって感じがする。


「大丈夫ですよ。終電なくなったら、近くに住んでるやつが泊めてくれるって言ってたし」

「ふうん。泊めてくれるほど仲がいいんだ。合流してそんなに話が弾んだのなら、みんな知り合いだったの?」

「大学のサークル仲間だったんです。一人だけ面識がない人がいたんですけど、紗理奈から彼の話はよく聞いてたんで、あんまり違和感ないっていうか。私は病院を辞めて三年経つし、アメリカに行ってた人もいたけど、みんな大学も職場も同じなんで共通の知り合いも多いんですよね。あの人はどうなったこうなったって話だけでも結構盛り上がりました」

「そうか。また会う機会が増えそうだね」

「そうですねー。まあどっちでも。私は彩芽と紗理奈と飲む方が楽しいんですけど。みんなに私が暇だと思われてるのが腹立ちます」

「暇だと思われて誘われた?」

「そうなんですよー。ごはん奢るから出て来いって。あ、そうだ。冬也さん、次こそは私にご馳走させてくださいね」

「食べたいものはあるけど……李紅はご馳走してくれるかな」

「えー、高すぎるものはダメですよ。私の可能な範囲でお願いします」

「可能だよ。むしろ李紅にしかできないな。今週の金曜日の夜はどう?土曜日は休みだろう?」


そうだ。私、今週の土曜日も日曜日も休みだった!
木曜日休みだから金曜日に一日出勤したらまた休み。いやっほう。
休みを再確認してニマニマしてしまう。


「私の予算で可能ならいいですよ。金曜日、どこにします?」

「場所は李紅が決めていいよ。ホテルでも家でも――――――ベッドがある所なら」


――――――は?

ベッド。
ベッドの上でご飯?
布団の上でだらだらしながら、ご飯食べたいってこと?

……えーっと。
……まさか。
えええ、ちょっとまって。そんな無理だよ。
私しかできないご飯ってもしかして。


「手料理は無理です」


そう言ったら、冬也さんがスマホの向こうで、ぷっと噴出した。


「どうしてここで手料理が出るかな」

「違うんですか?あー、よかった」

「うん、調理はいらないかな。素材だけ用意してくれればいいよ」

「え?何を買っておけばいいですか?お刺身?」

「刺身もいらないよ。そうだな、俺は全く気にしないけど、李紅は気になってたようだから、可愛い下着はいるかもしれない」


冬也さんは可笑しそうにイケメンボイスを震わせながら「やったことはないけど、刺身を乗せてもいいよ」と言った。


私にしかできないことで調理はいらない。
やったことがない。
刺身を乗せるのもあり。
可愛い下着。


「李紅は何もしないでただベッドで横になっていてくれればいいよ。そうしたら俺は大事に、隅々まで、美味しくご馳走を頂くから」


キーワードを並べると、まさかの答えが浮かんできた。

ご馳走は   わ  ・  た  ・  し   ♡


「だ、ダメ――――――――――――———!!!」





冗談とも本気ともつかないご馳走をする件は却下させていただいて、金曜日は普通に晩ごはんを食べることになった。

私がご馳走するので、高級店ではないことを前もって断っておいた。
いつも行くのは居酒屋だけど、冬也さんは嫌かなと思って前に行ったことがある表参道のスペイン料理店に予約した。
お値段はわりと良心的だし、畏まらなくていい、こじんまりとしたお店ではあるけど。

ほらね。こういうところでちょっと無理してるよね。
全国チェーンの赤ちょうちんの店でも気兼ねなく誘えるような人が私には合っている。
高給取りのエリートイケメンに居酒屋は似合わない。
よって私にも合わない。……うん。


なんだか沈んだ気持ちになっているのは、現在お店でひとり、待っているからかもしれない。
打ち合わせが長引いたので少し遅れると、さっき冬也さんから連絡があった。
店員さんに、連れが来てから注文しますと伝えて出されたメニューを受け取った時に、奥の席にいた外国人カップルの楽しそうな姿が目に入った。

じろじろ見るつもりはないけど、この席だと視界に入ってきてしまう。
ここからだと女性がよく見えるのだけど、ハリウッド女優か、某セクシー下着ブランドのエンジェルみたいな美人だ。

冬也さんもだけど、顔の造形がのっぺりした日本人と全然違う。
私の顔は日本人にしたら濃いほうだと思うけど、西洋人に比べたらうっすいしのっぺり。
だいたい鼻の位置が違うんだよなあ。
根本がこう、もうちょっと高く。そしたらかっこいい鼻になって顔に凹凸が出るんではないか。
なんてことを考えながら、鼻をぎゅっとつまんでみる。こう、シュッと。高くカッコよく形よく。


「李紅、お待たせ」


鼻をぎゅーぎゅーつまんでいると、肩にそっと手を置かれた。
あ、冬也さん。


「何をしてるの?」

「いや、鼻が高くならないかなあ、と……」


うわあ恥ずかしい!
ここお店だし食事する席だし! いや鼻をほじってた訳じゃないけど!


「ごめんなさい」

「どうして謝るの」


冬也さんがクスクス笑いながら向かいの席に座ろうとした、その時。


『トーヤ!』


声の主はあの、奥の席のブロンド美人さん。
え、知り合い?

巨乳ブロンド美女は足早にこちらにやって来た。
目が真ん丸で向こうも驚いているらしい。


『こんなところで会うなんて偶然ね。ああトーヤ!すごく会いたかった!』


ぎゃあ! 冬也さんに抱き付きやがりましたよこの人!
シャツのボタン開けすぎだろ! 胸の谷間はみ出てるがな! うわあ頬にチューしよったあああ!


『ねえトーヤ。こんなところで会うなんで私たち運命だと思わない?』

『思わないよ。狭い東京で食事をするのに偶々店が同じだっただけだ』


ブロンド美人を両手で剥がしながら、冬也さんは私に向かって

「李紅、友人のクロエ・モーガンだ」

と説明し美人さんに『離れろ』と強い口調で言った。
この女性、瞳がグレー。アメリカ人かな。近くでみると余計に迫力がある美人だ。
ちなみにブロンド美人さんと冬也さんが話しているのは英語。
これくらいの英語なら、私でもまあ一応分かる。

目立つ二人があれこれ言い合ってたら、女性の連れ合いの男性もこちらにやって来た。
ハシバミ色の瞳にブラウンヘアのイケメンさんだ。アメリカ人!て感じの明るい雰囲気の人で、冬也さんに絡みつくクロエさんを放置して興味津々に私を見ている。


『やあトーヤ』

『アダム。彼女を何とかしてくれないか』

『クロエは誰にも止められないよ。それより彼女を紹介して欲しいな。僕はアダム。アダム・ランバート。お嬢さん、君の名前は?』


アダムさんとやらが私に向かってゆっくり話しかけてくれるのは英語が苦手な民族の日本人だからか。
この人も冬也さんの友だちかな。


『リク・スズキです。初めまして』


慌てて立ち上がると中学生の教科書の最初のページに載ってるような挨拶をして、ペコリと頭を下げた。ザ・ジャパニーズ挨拶&アルカイックスマイル。


『初めまして、リック?ディック?いや、リコ?』

『いえ、リク。リ・ク』

「李紅、こんなやつに名前を教えなくてもいいよ」


冬也さんは不機嫌そうな顔で私の視界を遮った。そんなあ。名前は大事でしょ。
まあリクって発音しにくいし聞き取りにくいかもね。
でもリックもディックも男の子の名前だしなあ。それなら。


『リッキーと呼んでください』


適当。リッキーも男の子の愛称だった気がするけど、まあいいや。この場だけの関わりだろうし。


『Okay。トーヤ、リッキー、一緒に食事しよう。僕たちの席に来なよ。ほらこっち!』


カモーンとか言っちゃってくれてますがマジですか。

冬也さんは不満そうだけど、席に着く前だったのもあり、私の手を握ってアダムさんの後に続いた。
< 17 / 29 >

この作品をシェア

pagetop