恋愛生活習慣病

act.17

想像して欲しい。

隣には国籍不明なグローバル美形、向かいに座るのは初対面の西洋系美形男女。
会話はオール英語、ひとりは興味津々、もうひとりは不快全開さを包み隠さず、上から下までジロジロジロジロと見てる。私を。

落ち着かないことこの上ないよ! マジで!
私は運ばれてきたタパスをじっと睨んで、カチコチに緊張していた。
落ち着かなくてカヴァとかいう発泡白ワインをぐびっと一気飲みした。美味しいはずなのに味がわからん。


そんな私の様子を察したのか、アダムさんがゆっくりした明るい口調で自己紹介をし始めた。
英語は分かる?と聞かれたので『まあ、だいたい』と曖昧な返事をしてしまったのだけど、アダムさんはよかったと言って早口で話し始めた。

アダムさんは、なんとかっていう投資銀行にお勤めだそうで、東京本社に赴任して2年目。
東京は忙しすぎるから嫌だけど日本のアニメとオタク文化を愛し、アキバと離れて生きていく自信がないので、まだ当分東京にいたいと言った。

クロエさんはアメリカのどこかの機関(この辺は専門用語が出てきて不明)に勤めてたけど、冬也さんを追いかけてなんと同じ会社に転職したのだそう。
なので今は同僚。
東京まで来ちゃう辺り、気合の入った本気だな!

三人はフランスのビジネススクールで同期で、シンガポールキャンパスで仲良くなり(フランスの学校なのに世界のあちこちにキャンパスがあるらしい)それからの付き合いだとかそういう話をアダムさんがひとりでしゃべっていた。


『それでトーヤ。リッキーは君のガールフレンドなのか?』


自分たちの自己紹介が終わったら今度はこちらの番らしい。
ストレートに聞いてきた質問に冬也さんは素直に答えていた。


『特別なガールフレンドだ、と言いたいところだが彼女は頑固でね。Yesと言わせるのに苦労しているところだ』


この答えにアダムさんとクロエさんは一瞬固まってから『はあ!?』ってなってた。


『何を言ってるのトーヤ。気でも違った?』


とはクロエさん。
アダムさんは、ぽかんと呆気にとられた後、壊れたみたいに爆笑しだした。


『トーヤが!あのトーヤが女を口説くのに苦労してるって!? わはは!こりゃ事件だ!』


冬也さんのイケメン度はやはり世界基準らしい。
人種関係なくモテているのか分かる発言である。
外国人からみてもイケメンなこのひとが、私みたいなチンケな日本人を口説いてるって変だよね。当事者もそう思ってますよ。うん。


『トーヤに落ちないなんて、君はすごいな! 鉄の精神なのかそれとも大和なでしこ過ぎるのか興味があるよ』

『バカ言わないでアダム。トーヤは少し疲れてるのよ』

『いやクロエ、君は分かってない。君もコーデリアもミス・リューもビンビンも、トーヤに「特別な」なんて言われたことないだろう。等しく平等に、紳士で、無関心で、みんなの氷の王子様だったじゃないか』

『アダム! 私をあんな女たちと一緒にしないでくれる? 私は見かけだけの女じゃないし、トーヤと私の間には愛だけでなく信頼と友情という特別な絆があるのよ』


美形外国人に囲まれ、英語がぽんぽん行き交う会話の中、謙虚で奥ゆかしい大和民族の私は黙っていた。
というより緊張しているのと、アダムさんが妙にハイテンションすぎて会話に入っていけない。
外国人に対して特に苦手意識はないんだけど、いきなり「ハーイ」ってベラベラ話しかけるほど社交的ではないし。

コーデリアとかミス何とかとか女の名前がずらっと出てたけど、なんすかね?
冬也さんをチラッと見ると 即座に「今は誰とも関係していないから」という返事が返ってきた。
今は、ということは昔は皆さんと関係あったってことすか?ほほう。


『アダム、誤解を招くような話をするな。俺には関係ない』

『よく言うよ! 君の部屋に本を借りに入ったら、エマが裸でベッドの上にいたあの時の衝撃。忘れられないね』

『ふん、迷惑な話だ。不法侵入された俺の身にもなってみろ』

『そうよ。トーヤが気の毒だわ。何も知らないような顔をしてとんでもないバカ女だったわね』

『エマはバカじゃない!容姿だけでなく心も天使みたいに純粋で美しい子なんだ。恋に焦がれるあまりにあんな行動に』

『エマ以上に貴方がバカよ、アダム』


アメリカドラマを観てるみたい。
私は耳だけ会話に参加して、料理を食べることに専念していた。
無視してるようで失礼な態度かなと思ったけど、三人は久しぶりに会ったみたいだし、話に花が咲いてるし、存分に話していただいたほうがいいよね。

そのうち仕事の話になってきたのだけど、経済学の専門用語っぽいものが行き交う英会話なんて余計に参加できないし、黙るしかないと言ったほうが正しい。
ときどき冬也さんが通訳してくれるのだけど、日本語で言われても難しい漢字に変換されただけでよく分からないので微妙。
誰でも分かる優しい経済学!とかの番組みたいに一般人向けに説明してくれないと私の低スペックな脳では理解できそうもない。


「ゴメンナサイ、リッキー」


微妙な表情で緩く話を聞いていた私に、いきなりクロエさんが話しかけてきた。


「フクザツな英語、分からないわね。Sorry。配慮足りなかったわ」


クロエさん日本語しゃべれるんかい!少したどたどしいけど複雑とか配慮とか難しい単語しゃべってるし!
びっくりしているとクロエさんは「日本語、まだ下手なの。今、勉強している、んー、最中?」と少し首を傾げながら冬也さんに視線を向けた。


『この場合は単に「勉強をしているところです」でいい』

『そうなのね。ありがとうトーヤ。早く貴方の母国語が話せるようになりたいから、もっと教えてね?』


可愛く言いながら微笑んで、甘えるような目つき。腕を組んでさり気なく胸の谷間を強調するあたりがビューティー&セクシー。
ううむ、迫力系美人にしかできない技だ。
しかし冬也さんはこの手の技に慣れているのか、華麗にスルーした。


「すまない、李紅。身内の話ばかりで退屈だったね」

「いえ。楽しくお話を聞いてますよ。全然気にしないでください」

「くだらない話は聞かなくていいよ。アダムは少々大げさに話す奴なんだ。さっきの話も誤解しないでくれ」

「誤解も何も冬也さんがモテるってことは話を聞くまでもないですよー。武勇伝の一つや二つや三つくらいあってもおかしくないです。いや、無い方がおかしいですよ!」

「……李紅、どうして君は平気なんだ。俺は少し傷ついた」

「ええ!?なんで?」


ふい、横を向くので、怒らせたのかと焦って冬也さんの腕を引っ張っていると、私の向かい側に座っているアダムさんが笑い出した。


『すごいな!トーヤが拗ねてる。日本語は分からないけど、過去の女の話や今のクロエがあからさまな態度にもリッキーが平気そうだから、トーヤは拗ねてるんだろ?』

「え?そなの?」


アダムの指摘に冬也さんの顔を見ると、薄っすら顔が赤い。あら。


『ねえ、リッキーも話そうよ。君の話も聞きたいし。日本人はシャイすぎるよ』

『ごめんなさい。私は日常会話くらいなら何とかできますけど、経済学の専門用語とか難しい話は分からなくて。それに皆さん、お話も弾んでいるようだったので私が割り込んで邪魔したくないなと思ったんです』

『大和なでしこ!』


いや、違うだろ。

どうやら何かの琴線に触れてしまったらしく、アダムさんはアニメの某少女キャラクターを例に出し、日本アニメの展望における女性キャラクターの役割について考察を熱く語り出した。
例え日本語で語られても、会話できそうにない熱情ぷりである。
うん、放っておこう。

程よくアルコールも回ってきたことだし、私はデザートを頂く前にちょっと失礼してお手洗いに行った。





なんか疲れた。

牛もつの煮込みもイベリコ豚も、もっとゆっくり味わいたかったなあ。
冬也さんの友だちが悪いわけじゃなく、私の容量の狭さが原因なんだけどさ。
あんなキラキラした人たちと一緒だと落ち着けない。しかもクロエさんが時々睨んでくるし。

モザイクタイルが貼られたお洒落な壁の中に埋め込まれている鏡を見ると、映っているのは、平凡な容姿をしたアラサー女。
少しくらい痩せたって、元が元だから劇的に美人に生まれ変われるものじゃない。
中身も頭脳もこれという特化したものはない、普通な一般庶民の私。

……まあ比べたって仕方がないし。落ち込むだけアホだ。

リップクリームでも塗ろうとバッグを漁っていると、トイレから誰かが出てきた。
隣の洗面台に立ち、手を洗っているその女性と鏡越しに目が合う。……クロエさんだ。
クロエさんはきらりと光る素材のクラッチバッグから、金色の容器のお洒落な口紅を取り出して塗り始めた。
あ、それ。

「婚活リップ……」

婚活には興味ないし高いけど、容器も素敵だし色がかわいいから買うの迷ってたんだよね。コーラルピンクのやつ。
クロエさんのは深い赤色。似合うなあ。


『コンカツ?』

『……独り言です』


うっかり口に出してたよ。私ったらおバカ。
ただでさえ良く思われてないんだし、余計なこと言って刺激して怒せたら、トイレに閉じ込められたり水ぶっかけられたりするかもしれない(しません)
気の強いアメリカ美女は、怖い。


『コンカツって結婚活動のことでしょ。理想の相手を見つけて幸せな結婚をするために積極的な活動を行うこと』

『よ、よくご存じですね……』

『そういえば、このリップスティックは日本で婚活リップって呼ばれてるのよね』

『はい、そうみたいですね……』


し、知ってるよ。クロエさん詳しい。ていうか怖い。
クロエさんが鏡越しに私を睨んでいるような気がするのは、気のせいだと思いたいけど気のせいじゃない。
……めっさ、睨んでる。


『私、婚活しているの。相手はもちろん、トーヤ。だからあなたの存在ってすごく不愉快だわ』


宣戦布告キタ――――――――――!!!

冬也さんは仮氏で私は仮彼女なので、この手の対応は致しかねますッ!


イケメンの周囲は女の敵だらけなのは知っている。
だがハリウッド女優みたいな迫力ある外国人美女とか、凡人の私には対抗なんて無理。尻尾巻いて逃たい。

クロエさんはゆっくりと私の方を向いて、上から下まで値踏みするように視線を動かした。


『ねえリッキー。貴女、自分がトーヤに相応しいと思う?』


うっわー。こんな意地悪な台詞をナマで言われる日がくるなんて。
怖いけど英語だからなのか、他人事めいて聞こえる。
クロエさんの一部の隙もなく綺麗に塗られた爪が、目を反らす私の頬をそっとなぞった。その反動でうっかり目が合ってしまう。

キャー!クロエさんの眼光鋭すぎ!


『ぼ、暴力反対』

『失礼ね。殴ったりしないわよ』


クロエさんが呆れたように溜息を吐いて肩をすくめた隙に、一歩下がって警戒した。
いつでも逃げ出せるように体は半分ドアに向けて。顔はクロエさんに向けてるけど脚はダッシュの構え。
非常ドアのマークのポーズ。


『あのねえ。あなた、かなり失礼な態度とってるって分かってる?』

『すみません!小心者なのでお話があるならこの体勢で伺います。御用はなんでしょうか』


クロエさんは、赤い唇から再び溜息を吐いて腕を組んだ。


『じゃあ聞くけど。貴女、トーヤがどんな男か分かってて付き合ってるの?』


え?どんな男かって。


『顔も体も超イケメンで、高学歴、高収入』

『その程度だったら、その辺にたくさんいるわよ』


いねーよ!とツッコミたいけど、英語のツッコミはニュアンスがよく分からないしクロエさんが睨んでいるので控えた。


『じゃあ眼鏡美形で美味しいものをたくさん食べさせてくれる、いい人』

『……そういうことじゃなくて。まさか知らないの?』


何を?

何も知らない私に、優越感と余裕の笑みを浮かべたクロエさんが告げた答えは、トンデモナイものだった。
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