俺様副社長のとろ甘な業務命令
考えてみたら、副社長だって新任早々の初日に、部下を自宅に連れて帰ったなんて知られたくないはずだと気が付いた。
みんなにバレてるとばかり思っていたけど、落ち着いてみるとそんなに慌てることもなかったわけで。
コーヒーマシーンを前に一人ため息をつく。
でも、問題はそこじゃない。
一番まずいのは、記憶がないままに副社長と一夜を共にしてしまったという事実。
本当に、関係を持ってしまったのだろうか。
さっき帰宅してシャワーを浴びた時、裏付けになる痕跡は特に見当たらなかった。
目覚めてからしばらくあった倦怠感だって、二日酔いのせいがあるからあてにならない情報だし……。
「斎原」
ホットコーヒーのボタンを押したタイミングで背後からいきなり名前を呼ばれ、飛び上がる勢いで振り返った。
「は、はい! おはようございます!」
音もなく現われた副社長は、給湯室の入り口に手を掛け、目を細めてじっとこっちを凝視している。
思いっきり挙動のおかしい私を見て、真顔でため息をついた。
考えていた真っ最中だけあって、心臓の辺りがギュッと萎縮する。
「何だ、そのあからさまな態度は」
「え、いえ、別に……」
「別にって様子に見えないのは気のせいか?」
どこか威圧的な口調で近付いてきたと思ったら、いきなり手を掴まれる。
「えっ、あのっ」
変な声を上げた私に構わず手を引いた副社長は、手の平の上に昨日していた腕時計とピアスを握らせるように載せた。
「忘れ物」
「あ……」
慌てて飛び出してきたからすっかり忘れていた。
渡された物をそそくさとジャケットのポケットに押し込みながら「すみません」と呟く。
それ以上対面しているのが耐えられず、くるりとコーヒーマシーンに向き直る。
すでにコーヒーはカップに入り終わり湯気を立てていた。