俺様副社長のとろ甘な業務命令



ビルのエントランスを抜けながら、さっき寝ぼけながら聞いた話を思い出してつい歩みが止まってしまった。


いつものようにオフィスに上がろうとしていたけど、呼び出された先は例の渡されたカードキーのあの高層階。

副社長の住まいだ。


あの日のことを教える代わりに、呼び出したら来いと交換条件で渡されたカードキー。


上手いことはぐらかされたりしているうち、仕事が忙しかったりして結局曖昧なまま話が流されている。

今日こそははっきりとした事実を得たい。


いつものエレベーターに乗り込み、地下五階のボタンを押す。

扉が開くと、管理室のガラス戸の向こうで湯呑みを手にしている田中さんと目が合った。


「おはようございます。お早いですね」


田中さんはガラス戸を開けてニコリと微笑む。


「おはようございます。あの、」

「五十二階ですよね。どうぞ、この間のその入り口から」

「あ、はい」


返事をしながら、五十二階だったの!?と心の中で驚愕の声を上げていた。


あの日の朝は頭がパニック状態で全てがまともに考えられなかったけど、一体自分は一晩どこにいたのか疑問が残っていた。


いつだか美香子や先輩たちがこのビルの五十二階の話題で盛り上がっていたことがあった。


誰かの住まいがあるけど、どこかの社長が買ったとか、有名財閥の御曹司が住んでるとか、出どころのわからない噂をしていた。


でも、一階のどのエレベーターからもその階にはいけなくて、五十二階自体本当に存在しているのかなんて、もう都市伝説レベルの内容で。


あの時は聴き流してたけど、まさかうちの副社長が住んでいるなんて……。


< 73 / 179 >

この作品をシェア

pagetop