俺様副社長のとろ甘な業務命令
エレベーターは五十二階まで直通で上昇していく。
バッグからお財布を取り出し、渡されたカードキーを手にした。
スッと扉が開くと、しんと静まり返った五十二階フロアが広がる。
あの日はとにかく帰ることに必死で、周りを観察する余裕もなかった。
同じビル内とは思えない、シックな黒を基調としたハイグレードな空間。
点在する壁際の足元に埋め込まれた照明が、落ち着いた雰囲気を演出している。
大理石のピカピカの床には、見下ろした自分の顔がはっきりと映っていた。
ぐるりと見回してみると、その階には他に住まいはないようだった。
部屋を間違うこともなく、一つだけ存在する扉の前に立つ。
手にあるカードキーを使ってロックを解除し、そろりとドアを開けた。
「おはようございます……斎原です」
靴を履いたままで中に向かって声を掛けてみる。
でも、聞こえていないのか返事はない。
数秒待ってみたものの反応はなく、仕方なく「お邪魔します」と独り言のように呟いてパンプスから足を抜いた。