俺様副社長のとろ甘な業務命令
「きゃっ! あっ!」
前にいたスタッフが突然振り返り、ひっそりと立っていた私に正面からぶつかった。
「っ、申し訳ありません! あっ、どうしよう」
目の前の光景に慌てふためく彼女。
それもそのはず。
彼女が持っていたルージュが、私のトップスにべったりと赤い色をつけていた。
グレーのニットの編み目にめり込んだようについたルージュを眼下に、あの日の自分がフラッシュバックする。
副社長と初めて出会った日、スーツを汚してしまった、あの出来事を……。
「すみませんっ、あのっ」
「あ、大丈夫です! 大丈夫ですよ」
「いえ、でも!」
血相を変えて手持ちのハンカチを取り出し、ルージュの汚れをつまみ取る彼女は、見た目私より若いだろうスタッフ。
自分の失敗にかなり狼狽えて、今にも泣きそうな顔になっている。
「本当に、大丈夫」
そんな彼女の手を、私は思わず取っていた。
触れた手がビクリと震えて、安心させるように優しくギュッと握る。
その行動に驚いたのか、彼女の不安に歪んだ顔が私を見つめた。
「私も、同じミスしたことあるんです。だから、大丈夫。相手がお客様じゃなくて良かった」
きっと、副社長に話し掛けられて動揺しちゃったに違いない。
そう思うと納得できるし、仕方ないことだと思えた。
「すみません、私」
「服はクリーニングすれば問題ないですから。ね?」
「ありがとうございます。本当にすみませんでした」