桜ノ蕾

「何をしているのですか」


いきない後ろから女の人の声がした。

私たちはビクッと肩を震わせ、慌てて後ろを振り返る。
そこにいたのは20代半ばくらいのクールそうな女性だった。
私と同じ小袖を着ているはずなのに何故か色っぽく見える。


「百合ゆり様……」

「まだこんなに残ってるじゃない。お喋りもいいけど、まず手を動かしなさい。まだまだ仕事は残っているんですからね」


そう言った百合さんは一瞬私の方を睨み、小夜ちゃんを見る。


「返事は?」

「す、すみません。すぐに仕上げます」


小夜ちゃんは慌てて頭を深々と下げた。
それを見た百合さんはふんと言って背を向け歩いて行った。


何よあの人。
あんな偉そうに言わなくてもいいじゃない。

私は百合さんの背中にベーと舌を出した。


「そういえば」


いきなり振り返った百合さんに、私は慌てて舌を戻して最大限の愛想笑いをした。


「な、なんでしょう」

「あなた蕾といったわね。殿のお気に入りだからっていい気にならないでよ」


そう言い放って百合さんは歩いて行ってしまった。



え?今のは一体なんだったの?
殿のお気に入り?
殿はあいつのことだよね。
じゃあお気に入りって私が?


はぁ?!


「さ、小夜ちゃんっ、今の人誰?!」


私と百合さんが喋っている間も黙々と洗濯を続けていた小夜ちゃんに尋ねる。
すると小夜ちゃんは手を止めて困ったような顔で私を見た。


「百合様といって、ここの奉公人を取り纏めている方です」

「ふぅん」


お局様みたいな人かな?

え?
じゃあ私さっきのやばかったんじゃない?

しかも百合さんがあいつの事を言ったときの目が完全に威嚇するような目だった。

ってことは百合さんはあいつのことが好きってこと?
じゃあさっき私潰しにかかられたってこと?!


「うわぁ、怖いわー」


どの時代も女は怖いらしい。


小さく呟くと、小夜ちゃんが「どうしたんですか」と少し首を傾げた。
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