恋人は魔王様
「キョウッ」

からからに乾いた喉から搾り出した声は、今にも食べられそうな草食動物の最後の一息くらいに震え、掠れていた。

「おやおや。
まるで情事の後のように名前を呼ぶんだね。
ほんの1分の間に欲情したの?」

困った子だ、と、クツクツと喉の奥で笑う声がする。

笑えないわよ、こんな場所でっ

私は叫びだしたいのをぐっと抑え、キョウの言葉を反芻する。

1分?
たった1分?

私はこの暗闇の中に、たった1分しか経っていないといの?

まるで悠久の時の中、一人でここに立たされていたくらいの感覚を覚えていた私はそのことに目を丸くする。

「ズルイっ。
キョウ、私は何も見えないんだよっ」

「そう?
俺にはよーく見えるけど?
震えた身体も、今にも泣きそうなその瞳も」

直後。
唇に柔らかい感触。

私の身体はもう鼻に馴染んだキョウの匂いに包まれていた。

「こんなに緊張しちゃって。
どうしたの?
今から売春宿に売り飛ばされる処女みたいに震えているよ?」

恋を囁くような艶やかな声で、冗談にもならないような下卑たことを言うのはいかがなものかと思うんですが……。

あまりにものアンバランスに、私は思わずため息をついた。
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