もう一度だけでも逢えるなら
 水樹さんは歩くのがとても速い。

 駅から三百メートルほど歩いたところで、水樹さんを見失ってしまった。

 道の多い住宅街。

 右に曲がったのか、左に曲がったのか、真っ直ぐ進んだのか。

 私は十字路の中央に立ち、どの道を進むか悩む。

 

「僕に何か御用ですか?」
 後ろから、水樹さんの声が聞こえてきた。

 私はすぐに後ろに振り向いた。

 いつの間に……

 私の目の前に、水樹さんが立っている。表情は、クール。

「ごめんなさい。水樹さんの後をつけました」
 私は正直に打ち明けた。

「どうして、僕の後をつけたんですか?」
 水樹さんが私に質問するのは当たり前。

「それは、その……あの……水樹さんが気になる人だからです」
 私は自分の素直な気持ちを伝えた。

「気になる人と言われても」
 水樹さんは、困った顔をしている。

 ストーカーだと思われてしまったかもしれない。

「そうですよね。変なことを言って、ごめんなさい」
 私は素直な気持ちで謝った。

「いえいえ、別にいいんです」
 水樹さんは、怒っていない様子。

 クールな表情から穏やかな表情に変わった。

 水樹さんが何をしている人なのか、どうしても知りたい。

 今度は、いつ会えるかわからない。

 このチャンスを逃してしまう手はない。

「あの、ここで立ち話もなんですので、よろしければ、私の家に来ませんか?」

 私の誘いに、水樹さんはどうしようか悩んでいる様子。

 悩んでいるということは、私の家に来たい。という気持ちが少なからずあるということ。

 私のことを嫌っていたとしたら、もうとっくに立ち去っているはず。

 脈は完全にないわけではない。私は勝手にそう思う。

「晩ご飯は食べましたか?」

「食べていません」

「それでしたら、一緒に食べましょう。ピザでも取りましょうか」

「お腹は減っていません」

「この暑さですからね。食欲がないのはわかります。では、一緒に冷たいビールを飲みましょう」

「喉も渇いていません」

 やっぱり、嫌われているのだろうか。

 ピザとビールではダメなのか。

 お寿司のほうがいいのか。

 手料理をご馳走したいところだけど、残念なことに、私は料理が下手。

 出前のほうがいいに決まっている。
 
 どうすれば、水樹さんは私の家に来てくれるのか。

 良いアイデアは浮かばない。

 こうなったらもう、強引に。
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