もう一度だけでも逢えるなら
「初めて会った日のことを覚えていますか?」

「覚えていますよ。私が一万円札を拾った日ですよね」

「そうです。あの日、僕は紗優さんが一万円札を交番に届けるかどうか、ずっと見守っていました」

「そうだったんですか」

「はい。紗優さんは、一万円札を交番に届けず、駅の改札を潜っていきました。ネコババすると思いました。だから僕はお願いしました。ちゃんと交番に届けてくださいと」

「そうだったんですか」

「はい。あの時、紗優さんは、僕に向かってお辞儀をしましたよね」

「軽くお辞儀をしました。目と目が合ったような気がしました」

「あの時、僕は驚きました。あの人は、僕の姿が見えているのではないかと思って」
 水樹の表情は、暗い表情から明るい表情に。

「それはそれは嬉しかったですよ」
 表情がまた一段と明るくなった。

「ズバリ、質問します。水樹は、何をしている人なんですか?」

「この町の人たちのために活動しています」

「もっと具体的に説明してください」

「信じてもらえないと思いますので」

「そうですか」

「僕が何者なのかは、明日教えます」

「わかりました。午前中は用事がありますので、午後からでもいいですか?」

「いいですよ。午後の一時に、しずく第二公園で待っています」

 水樹は、それ以上、何も言わなかった。

 私は、それ以上、何も質問しなかった。

 せっかくのピクニックだから。

 好きな人と一緒にいられるだけで、私は幸せ。

 今は、それ以上のことは何も求めない。



 いつの間にか、風は止んでいる。

 楽しそうに遊んでいる家族連れの姿が視界に入る。

 元気なちびっこたちの声が聞こえてくる。

 金属バットの音も聞こえてくる。

 まなちゃんにお昼ご飯を与えて、水樹さんの隣に座り直した。

 水樹さんも私も無言のまま、辺りが暗くなるまで、空を見上げた。

 結局、耳掻きは使わなかった。

 自撮り棒も使わなかった。
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