エリート上司の甘い誘惑
好きの在り処



園田からは逃れられたが、ある意味部長にHP1の瀕死状態まで追い込まれたあの日以降、帰り路の電話は毎日の習慣になった。


部長からも勿論かかってくるけれど、それ以外にもタイミングが合わなければ望美に電話してみたり他の友人にかけたりと、家に着くまでは必ず誰かと話しているようにした方が良い、と部長からも念押しされたからだ。


後、もう忘年会の準備も終わったことだし、飲みに行かずに早いうちに家に帰るようにした。


そのおかげか、あれ以降家の周りで園田の姿を見かけたことはない。
念のため、引越しも視野には入れ始めているけれど。


だけど今、目下私の頭を悩ませているのは、その件ではなかった。
部長だ。
私は本当に、部長から「逃げ遅れた」のかもしれない。


顔を見るたび、どんどん普通じゃいられなくなる。


少しずつ、少しずつ。
いくつもの事象を積み重ね、その度溢れる自分の感情に言い聞かされるように、自覚させられていた。


同時に、怖くなってきたのは腕時計の主を確かめることだった。
違ったらどうしよう。
私は一体誰とキスを交わしたんだろう。

腕時計を手に取る度に、じわじわと胸が重くなる。
消したくないと思っていたキスの記憶が今、あの日確かに慰められた自分自身と共に重く伸し掛かった。




そして程なく、やってくる。


忘年会当日は、兎に角仕事はバタバタだった。
私と東屋くんはそれでもなんとか定時きっかりに仕事を終わらせ、忘年会会場である居酒屋に向かう。


他は、30分後に集合だ。
今のところ、遅れると連絡があったのは藤堂部長のみ。


「さよさん、終わったら打ち上げ……」

「しつこいぞ東屋」

「うわ、断り方に遠慮なくなってきた」


東屋くんの、断っても断ってもめげないところはある意味やっかいで、ある意味救われる。


冗談で済ませてくれるのが優しさなのだとも思え、結論を言わせない逃げのようにも聞こえた。
彼は、ズルくて賢くて、優しい。


「今、15分前。もうちょっとしたらすぐ皆集まってくるね」


店の前に着いて、携帯で時刻を確認する。
あの腕時計は、身に着けて来なかった。


顔を上げて、ずっと遠くの方を見渡すと、赤い観覧車が見える。
この道をまっすぐ行くと、この周辺よりも一際賑やかな商業施設にたどり着き、あの夜のbarもその辺りの筈だった。

あの夜の私に会えたら、泥酔しないでさっさと帰れと言ってやるのに。
そしたらこんなに、あのキスの相手の正体に怯えることはなかったのに。

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