エリート上司の甘い誘惑
気落ちしたように見せ、ため息をつく。
……わざとらしい、この言い方。


部長は意地悪だ。
それは、相手が部長だということを覚えてもいなかった私を責めているからだろうか。
だけどそれならそれで、私にだって言いたいことがある。


「……部長だって」

「ん?」

「部長だって。私と違ってちゃんと記憶があるなら、そう言ってくれたらよかったじゃないですか。翌朝だって、まるで何もなかったみたいに挨拶して」



ああ、でも。
そう言えば確か、『大丈夫か』と仕切りに聞かれた。


だけど、それにしたって何か、もうちょっと……言ってくれても良かったのじゃないか。
私がどれだけ、悶々と悩んだことか。


「肝心なことは何も言ってくれないじゃないですか。思わせぶりなことばっかりで」


おかげでこっちは、どんどん部長に惹かれて、そしたら今度はあの夜のキスの相手が一体誰なのか、怖くて怖くて仕方なくなった。


部長だった。
部長で良かった、と喜ぶべきところなのに、なんだか悔しくて涙が出てくる。


言葉が欲しいのだ。
キスの意味を知りたい、貴方が私と、同じ気持ちを抱いてくれていたらいい。


それを、貴方の口から聞きたい。
べそべそといじけた子供のようなことを言う私を、やはり彼は子供をなだめる様に「そうだな」と笑った。



「……お前が憶えてないだけだ」

「え?」



ぽつ、と呟かれた。
それを皮切りに、部長があの日私が憶えていない時間のことを、話してくれた。



「お前は、ひどい」



その一言から始まったあの日の出来事に、私はその後只管冷や汗を掻くことになる。





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