イケメン御曹司のとろける愛情
 それが今日、急病の有名ジャズピアニストの代役として、五十四階のバー、アンバー・トーンでライブをする機会が舞い込んだのだ。

「こればっかりは本当に田中さんに感謝よね」

 雪絵さんがしみじみとした口調で言った。

 このビルの所有者は、八階から十階にオフィスを構えるB.C. Building Inc.という不動産会社で、世界各国にビルを持っている大企業だ。でも、委託を受けてビルを管理しているのは“田中さん”というおじさん。田中さんは雪絵さんの少し年上のご主人と高校の同級生だそうだ。笑顔がすごく優しくて、うちに買い物に来るOLさんたちが“癒やしの田中さん”と呼んでいるのもうなずける。

 その田中さんは、雪絵さんから私のことを聞いて知っていて、今回この話を持ってきてくれたのだ。

「そうですよね。雪絵さんと田中さんのおかげです」

 殊勝な顔で言うと、雪絵さんに背中をバシバシ叩かれた。

「でしょう!? せっかくのチャンスなんだから、思う存分名前と顔を売ってきなさいよ!」
「はい」
「じゃあ、いってらっしゃい」
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