イケメン御曹司のとろける愛情
 まあ、そのおかげで、『フライ・ハイ』が生まれたんだけど。

 両親が引っ越していったあと、リビングでぽつんとピアノの前に座っていたときのことを刹那思い出した。

 味方だと思っていた人たちに背を向けられるのは、本当にきつい。

 父や兄とは音信不通だが、母は今でもときどき電話をかけてきては、『別にジャズピアニストにならなくてもいいじゃない。今からでもどこかの学校の音楽教師とか、ピアノ教室の講師とかに応募してみたら? 好きなことを仕事にするのは難しいってこと、いいかげん自分でもわかったでしょう? 安定した人生を送るには妥協も必要よ』と言う。

 育ててくれた両親には感謝している。月謝や楽譜代だけではない。発表会に参加したり、演奏会用のドレスを買ったりレンタルしたり、ピアノを習うのは思った以上にお金がかかった。大学まで続けさせてくれたことに、本当に感謝している。

 でも、だからこそそれまで支えてくれた恩に報いたい。それに、演奏する楽しさ、聴いてもらう喜びを知ってしまったのだ。そのために練習や演奏をしていると言っても過言ではない。大げさかもしれないけど、私から音楽を取ってしまったら、陸に上がった魚みたいに息ができなくなるんじゃないかって思う。

 まだ人生に妥協なんてしたくない。
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