MAS-S~四角いソシオパス~
第八話

「私が不利なのは認めてるでしょ? でも、あなた方も一つ認めなければならないことがある。それは、デメリットよりメリットを求めて私とコンタクトを取ったということ。この写真を見せて脅してきた事はすなわち、脅してお金をせしめたいという強い願望の表れ。もしあなた方が正義の使者ならこんな回りくどいことなんてせず、直接当局へ持って行っているはず。つまり、あなた方がこの写真やネガを突き出す可能性は限りなく低い、ということになるわ。違う?」
(なるほど、的を射てるわね)
「その通りです。最初にも言ったように、お金というメリットを求め貴女とコンタクトを取りました。それは認めましょう。しかし、何だかんだ言ったところで貴女の不利は変わらない。貴女の運命は我々が握っているんです」
(果たしてそうだろうか? この女の雰囲気と言動。立場的には互角……? いや、私の経験上、この女はジョーカーを持っている。絶対に賭けていい!)
 沙也加の雰囲気から感じ取れる絶対的な自信とも言えるオーラに、静音は得体の知れない怖さを覚える。
「あなた方の言い分は分かったわ。では、こういうのでどうかしら? 知っての通り私は多くの生命保険に入ってる。でもそれは死亡保険金で私が死なない限り支払われない。さらに保険加入後一年以内の自殺では保険金は降りない。まだ加入して八カ月だから当然自殺は無理。そこで、偽装事故を装い私を世間的に事故死させ保険金を手に入れる。これなら難なく降りるわ。この死亡保険金で手を打たない?」
 淡々と言ってのける沙也加を見て、男も静音も目を丸くする。
(この女、なんてことを考えるんだ! 自分を殺して保険金詐欺をするなんて。実際に死ぬ訳じゃないないんだろうけど、なんて大胆な策。この女を敵に回すのは絶対マズイ!)
 全く動じない沙也加の顔を見ていると静音の両腕には鳥肌が立ってくる。男はしばらく呆然としていたが、我に返り静音の方を向く。その目からは動揺と混乱が見て取れ、静音も回答が出せず同じように焦る。しばらく考え込んでいた男だが、決心したのか沙也加に向き直る。
「わ、分かりました。それで手を打ちましょう。でも、本当にそんなことが出来るんですか?」
 この言葉が出た瞬間、静音は心の中で両手を挙げる。
(勝負はついた。こっちの負け……)
「ええ、可能ですよ。今はまだこれと言った計画はありませんけど、一応これでもプロの保険屋ですから。いろいろな手口を知ってますよ」
(プロの保険屋って言うより、女スパイっぽいけど)
「具体的には幾らくらいの保険金が降りそうなんですか?」
「そうね、ざっと……、一億ってところかしら」
「一億!?」
 男の声に合わせて静音もつい驚きの声を出してしまう。その様子をずっと聞き耳していた早希の顔も、一億という単語で驚きに変わる。
(ウソー! 一億って、凄い話になってんじゃないのこれ? 詳しい話は分からないけど、ワイドショーとかでも取り上げられるレベルかも! こりゃ俄然面白くなってきた!)
 テーブルから少々離れているということもあり、早希はうずうずしっぱなしだ。
「ただ、この話は私にもかなりのリスクが伴うし、今後の生活を考えると保険金の半額、五千万円でお願いしたいわ」
(五千万円でも十分です、ってこの馬鹿なら即答しそう~)
「五千万円で十分ですよ」
(ですよね。こっちにリスク無いし)
「そうですか、ありがとうございます。それでは今週末の土曜日までには計画を練っておきます。土曜日の同じ時間、このテーブルで待ち合わせしましょう」
「分かりました」
(ああ~、完全に相手ペース、立場逆転だ。やっぱり勘が当たった。ただ者ではないと思ってたけど、相当なキレ者だわ)
 テーブルの写真を気にもせず穏やかな笑みを浮かべ沙也加は去っていく。静音は写真をポシェットにしまうとオレンジジュースを一口飲む。
「所長、とんでもないことになりましたね」
「ああ、俺もあの人があんな強烈なカウンターを放つとは思ってもみなかった」
「きっとポーカーとか強いタイプですよ」
「そうだな、やったら俺も多分負けるな」
(って言うか、もうさっきの勝負でも負けてるんだけどね)
「とにかく、今度の土曜日が全てだ。まだ竜崎さんの言葉を信用してる訳でもないしな」
「そうですね。ところで、例の人物のことは何か分かりましたか?」
「いや、全く分からん。しっかし、なんか楽しくなってきたな。探偵を始めて以来だよ、こんなワクワクするの」
(全くってアンタ、毎日何やってんだ、つーか、こんな能天気な考えで大丈夫なんだろうか……)
 呆れたように見ていると男は腕組みをして口を開く。
「まあ、雨宮の言うようにこの写真をタレこんだ人物が誰なのかは気になるよな。わざわざ探偵事務所に投函しなくても、自分で脅せばメリットもあるだろうに」
「何かニオイますよね。この話、きっと裏がありますよ」
「だな、きっと政治家とか黒の組織とかそういうのが絡んでいるんじゃないかと俺は睨んでる!」
「さすが局長」
(見事なボケです)
「いやいや、まあ、ただの勘だけどな」
(知ってるよ)
「よし、それじゃあ事務所に戻るとするか」
「はい」
 静音と男は並んで店を後にする。早希はワイドショーが来たときに対するインタビューを想定し、二人の人相や服装を必死になって覚えていた。

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