MAS-S~四角いソシオパス~
第九話

(キター! あの人だ!)
 早希は店に入るなり一番奥のテーブルに向かう沙也加を見て、心の中でガッツポーズをする。早希の頭の中では、不倫修羅場の末、慰謝料一億円をめぐり夫が妻を殺害というお決まりな展開が出来上がっていた。
「ご注文の方はお決まりですか?」
「ミルクティーをお願い」
「かしこまりました」
(ああ、この人が人生最後に口にするのは、このミルクティーになるのね……)
 勝手に沙也加の人生を哀れみながら店長にオーダーを通す。程なくして静音と男も現れ、早希のテンションは上がる。二人が奥の席に座るとすかさず注文を取りにいく。
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
「コーヒーとオレンジジュース、でいいよな?」
「はい」
「以上でお願いします」
「かしこまりました」
(さてさて、本日はどんな修羅場になることやら。楽しみ!)
 スキップしたい気持ちを抑えながら、早希はオーダーを受けていた。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、私も今来たところですから」
(本当は数日前から、今日も尾行してたんだけど。この女、何もなかったのよね……)
「早速ですが計画の方をお聞かせ願いますか?」
「分かりました。取りあえずの案になりますが、私がまず突発的な事故で死亡したとします。そして、ここからはあなた方の協力が必要になってくるのですが、私が死んだ後、そうですね……、三カ月後くらい経過したら私の夫に会って下さい」
「旦那さんに? なぜ?」
 男は身を乗り出して聞く。
「焦らないで、ちゃんと説明するわ」
(どんなマジックを見せてくれるのかしら?)
 早希も興味津々で沙也加を見ている。
「私の保険金の受取人が夫になっているのは理解してると思う。つまり、あなた方は私からではなく夫から五千万円を手に入れなければならない。そこで、それをどうクリアするかということなんだけど、当然ながら遺書なんて方法は使えないい。あくまで突発的な事故を装わなければならないのだから。かと言って生前に私から譲るように言われてたと、あなた方が夫に言ったところで門前払いでしょう。そこで、さっきの話。私が死んだと仮定して三カ月後くらいの夫に会ってこう言うの、『私は過去を変える力を持っている』と」
(へ? 何言ってるの、この人? 全然先が読めない……)
「過去を変えるって、どういう意味ですか?」
 男は訝しがりながら質問する。
「そのまんまです。貴方は夫に『自分は人の過去を変える能力を持っている』と、思わせればいいんです」
「そ、それで、どうするんです?」
「変えるんですよ、過去を」
 あっさり言ってのける沙也加に、前に座る二人は同時に首を傾げる。
(ちょ、ちょっと、何言いだすのよこの人! 訳が分からない!)
「すいません、ちょっと分かりにくいので、噛み砕いてお願いできますか?」
「ええ、でも、ちょっと待って」
 沙也加が手で制止すると同時に、早希が注文の品を持って現れる。
「お待たせしました。コーヒーとオレンジジュースになります。ごゆっくりどうぞ」
 伝票を置き会釈すると早希はゆっくりと立ち去る。
(ああ! 気になる! 一体どんなこと話してんだろ。もしやダブル不倫!? はたまた愛人に隠し子とか! くぅ~気になる! 今度盗聴器でも買おっかな~)
 後ろ髪を引かれる想いでその場を後にした早希を確認すると、沙也加はミルクティーを一口飲んで話の続きを始める。
「筋書きとしてはこうです。まず、私が遺体の上がらない方法で事故死します。正確には世間的に消えると言ったところでしょうか。当然、夫は凄く悲しみ落ち込むでしょう。私たちは新婚ですしね。そして、悲しみが冷めやらない三カ月後、貴方が夫の前に現れてこう言う。『私は人の過去を変える力を持っている。過去を変えれば奥さんは生き返ってくる』と。最初は馬鹿にして相手にされないかもしれません。しかし、悲しみのどん底に夫は必ずこの誘いに乗ってきます。これは断言してもいい。彼は私を心底愛していますから」
(うわ、ノロケられた。気分悪~)
「後は貴方の演技で夫に私が生き返るような魔法をかける。方法はなんでも構いません。手をかざすなり、悪魔との契約のように書面を作ったり。重要なのは私が生き返るという内容とそこに信憑性を持たせることです」
「なるほど、ならば契約書を取り交わす方法が現実的で良いでしょうね」
「ええ、私もそう思います。そして、契約書を交わした後にはこう言うといいでしょう、『効果は一カ月後に表れます。もし表れなかったら場合は料金のお支払いは結構。しかし、効果が表れて奥様が生き返られた場合、報酬として五千万円を頂きます』という感じで」
「期間を一カ月空ける理由はなんでですか?」
「それは単純に、すぐ効く魔法では有難味に欠けますし、何より信憑性も薄いと思うからです」
「確かに。ちなみお金の方は振込みですか?」
「そうですね、夫に魔法をかけた際にでも振込口座等を教えればいいと思います。その辺はあなた方にお任せします。決行日は十二月二十三日、来週の土曜日。緑荒山で行うつもりです。ちょうど先日大雨があって危険とされているハイキングコースがあるので」
 三人のテーブル周りにも客はいるが、早希以外にこんなディープな話をしているとは夢にも思わない。
「その際ですが、あなた方二人で私たちを尾行してもらいたいんです」

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