栄光よ明日へ

5

気がつくと、私はジャン・ダンテと出会ったNo.69に来ていた。扉を開けると、いつものマスターが私を見て、驚いた顔をした。
「顔色悪いわよ。大丈夫?」
マスターは、左右にぶら下がった金色のイヤリングを揺らして私を覗き込んだ。
「強いの一杯」
「今日はやめときなよ。体調悪そうじゃない」
「頭が痛くて、とにかくお願い。一杯だけ」
私は、顔をあげることもままならずに、マスターに頼んだ。マスターは、小さくため息をついて、棚からボトルを取ってグラスに注ぎ、私の元へ置いた。
「あの男と付き合ってんの?確かにあんたを助けたけど、危ない橋を渡るのはやめときな」
「マスターまで、私を責めるの?」
私は、グラスの酒を一気に飲んだ。少しずつ、頭が冴えてくる気がした。
「責める?私は他人様を責めるような偉い身分じゃないよ。それに、あんたは別に悪いことはしてないし。どうなろうとあんたの勝手だよ」
マスターは、鼻でふんっと息を吐いた。私は何だか、不思議と気分が落ち着いた。私はマスターに尋ねた。
「ねえ、人を本気で愛したことある?」
私の唐突な質問に、マスターは瞬きしながら見つめた。
「さあね。私には愛ってものが何か分からないし。だけど、与えられた優しさには全力で返してるつもりよ」
マスターは言った。
「愛って形にすると、尊すぎて、人は何かを見失うわ」
私は空っぽになったグラスを揺らして、氷の音を楽しんでから、立ち上がって小銭をジャケットから差し出そうとすると、マスターは首を振った。
「今日は奢るわ」
店内の音楽が切り替わり、ブルックボーイの栄光よ明日へが鳴り響いた。私は、ジャン・ダンテの事を思い出した。マスターに礼を言ったら、またジャン・ダンテに電話をしようと思った。
「また来るよ」
「上手くいくように祈ってるわ、全てにね」
マスターは微笑んでくれた。店を出ると、今まで感じなかった寒さが体を突き刺してきた。向かい側にいる、ゲイのカップル達は身を寄せあいながら、幸せそうに息を吐いていた。
私も、あんな風にジャン・ダンテと幸せになる時がくるだろうか?同じ季節を感じて、同じ場所を共有して。とにかく今は、ジャン・ダンテに会ってキスがしたい。私は一人、どこかに向かって歩き出した。
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