クールな次期社長の甘い密約
隣りの先輩に視線を移せば、受付の前を通り過ぎて行く役職者と思われる年配の社員に満面の笑顔で挨拶をしている。
先輩を見習わなくてはと思えば思うほど、顔が引きつり声が出ない。――と、突然、先輩が勢いよく立ち上がり、カウンターの下で玄関の方を指差す。
「何してんの? 早く立ちなさい」
見れば、玄関に立つ守衛さんが一人の男性を迎え入れている。周りに居た社員も立ち止まり「おはようございます」と言って深々と頭を下げていた。
「――おはよう」
一瞬、エントランスが水を打った様に静まり返り、ピリピリした空気が漂ってくる。
全員の視線を一身に受けたその男性は、スリムなダークグレーのスーツに身を包み、柔らかそうな髪を搔き上げながら颯爽と受付の前を通り過ぎて行く。
素敵な人……
男の人を見て、そう思ったのは生まれて初めて。思わず瞬きするのも忘れ見惚れてしまった。
「あの方は、社長の一人息子で、専務の津島 貴志(つしま たかし)よ」
「専務さんですか?」
「そうよ。いい男でしょ? 三十三歳の独身。ここの女子社員はみんな彼を狙ってるわ。なんたって、次期社長って噂されてるイケメンだもの。彼と結婚すれば、将来は社長夫人だからね」
「はぁ~社長夫人……ですか」
なるほど……夢の様な話しだ。でも、私には関係ない。あんな素敵な男性が私を見てくれるはずがないもの。
そう思った時だった。突然振り返った専務が足を止め、何か珍しいモノでも見た様なキョトンとした顔をした。