クールな次期社長の甘い密約
あれ? 気のせいかな? 専務と目が合った様な気がする……いや、まさかね。
そんなの絶対にあり得ないと苦笑いを浮かべた次の瞬間、眉間にシワを寄せた専務がこっちに向かって突進してきた。
えっ? 何? どういう事?
近付いてくる鋭い瞳にロックオンされ、目を逸らす事さえ出来ない。程なく専務は私の前に立ち、両手でカウンターを力一杯叩いた。
「ひっ……っ」
勢いよく身を乗り出してきた専務と私との距離は、僅か数センチ。さっきまで高嶺の花と眺めていた人が、すぐ目前に居る。
全力疾走をしたせいか、綺麗にセットされていた茶色い髪がフワリと浮き上がり、余計に柔らかそうに見える。そして、切れ長の鋭い目に、少し薄いが形のいい唇。こんな美形の男性、テレビ以外で観た事がない。それも、津島物産の専務だ。
そのあり得ない展開に仰天し、思わず体を大きく仰け反るが、その反動で後ろに倒れてしまいお尻を強打。弾みで眼鏡がずり落ちる。
「なんだお前は?」
さっきの低音ボイスとは打って変わって上ずった声。慌てた先輩が私を新入社員だと説明するが、専務の視線は私を捉えたまま放さない。
「我社の受付で、こけしが眼鏡掛けた様なすっぴん女を見るとは思わなかった。人事は何考えてんだ?」
鬼の様な形相で捲し立てる専務を言葉もなく呆然と見つめていると、先輩が私の前に立ちはだかり、専務に向かって頭を下げた。
「私も何かの間違いではと思っておりました。こちらの方から人事に確認してみますので、少々お時間を頂けないでしょうか?」