クールな次期社長の甘い密約
「お役に立てて良かったです。しかし、二千万をお貸しするにあたって、一つだけお願いがあります。私が大沢さんに二千万を貸したという事は、専務には内密にお願いします。それだけ約束して下さい」
「あ、はい。分かりました」
「では、今夜はキャンセルはなしという事で……いいですね?」
「はい、宜しくお願いします」
借金さえ返せれば、もうお見合いする必要もないし、専務とも別れずに済む。全て倉田さんのお陰だ。改めて感謝の気持ちを込めてお礼を言った。
それから私達は蒸し暑い書類保管庫を出て、二人並んで廊下を歩いて行く。エレベーターの扉の前に立つと倉田さんが早退届を差し出してきたので、それを受け取り、クシャリと丸め笑顔でポケットに突っ込んだ。
「で、話しは戻りますが、お母様は何がお好きですか?」
「えっと、母が好きなのは、お肉ですね」
「分かりました。では、最高級の肉を食べて頂きましょう」
――また、あの優しい笑顔……
エレベーターが到着するまでの数秒間、妙にドキドキしてなんだか落ち着かなかった。
そして私が乗るエレベーターが先に到着し、扉が閉まる直前、不意に倉田さんの手が伸びてきてフワリと私の頬を撫でたんだ……
彼に触れられた頬が一瞬にして熱を帯び、ドクンと跳ねた心臓の音が脳天まで響き渡る。
「大沢さんは、不思議な人だ……アナタと居ると……」
「えっ? なんですか?」
そう聞き返した時にはもう扉は閉まり、エレベーターは降下を始めていていた。
――倉田さんは、何を言おうとしていたの?
私はまだ彼の手の温もりが残る頬を押さえ、乱れる心に戸惑っていた。